電源が入ったままだったテレビは、別に誰かが観ている訳でも無いのにその四角い液晶の中から無意味に情報だけを垂れ流し続けている。これまた無駄に大きくしてある音声と液晶から漏れる光が鬱陶しい。私は思わずテレビの電源を切ろうとしたのだけれど、最初にテレビを付けたのは私ではなく雇主であったという事実を思い出したので止めた。


どうやら流れているのはニュース番組らしく、ニュースキャスターが平坦な口調で言葉を紡ぎ続けている。別にバラエティーでの笑い事程煩くは無い筈なのに何故か鬱陶しく感じてしまう。しかしテレビを付けたままにしていた張本人はさしてその雑音を気にする事など無く、口笛なんぞ吹きながら仕事をしているのだから腹が立つ。かと言って自分がこの雑音によってもたらされる不快感から逃れる為にわざわざテレビの電源を消してやるのも癪だった。いっその事水でも掛けて壊してやろうか。


『さて、続いてのニュースは……』


いつまでテレビを点けっ放しにしておくつもりなのだろう、そう思った時、ニュースキャスターは話題の変更を告げる。すると臨也はその内容を聴きいていたのか、ふと口笛を止めた。


『……今年度の……自殺者数……3万人にも上り……主に年代は……これらの現象には……社会の対応が……』


それは極々ありふれたニュースだった。内容だって不快である事以外は全くもって普通のニュースだった。ただ不快な気持ちになるだけだった。生きる意味なんて最初から無いようなものなのにそれを勝手に失ったと勘違いして死んでゆく人間の話だなんて聞きたくないもの。しかし、なんと人間観察が趣味のこの男が好みそうな話なんだろう。書類を整理する手を止めテレビの方を見やると、贅沢な皮を使ったイスに座って仕事をしていた筈の上司はいつの間にかソファの上に偉そうにふん反り返っていた。折原臨也がその年間自殺者のニュースを見るその目はまるで新しい玩具でも与えられた子供のように輝いていて、相変わらずこの男の趣味の悪さに反吐がでそうになる。


「昔、俺の知り合いが言ってたんだけどさあ」


「この国では、戦争は無いけれど、毎年戦地で戦死している人間の数とほぼ同じくらい、自殺で人間が死んでいるんだって」


「人間が人間を追い詰めて、追い詰めて、追い詰めて、そうして最後に死に、自殺に追いやるんだ」


「この国の人間は人間同士で戦争みたく殺し合いをしているんだって、そいつは言っていたよ」


私は一人喋り続ける上司に対して何も言わずに黙々と仕事を続けていた。臨也とて、話ながらも視線はテレビの液晶へと向けられたままで、一度としてこちらへと振り返る様子も無いのだから、別に言葉に対する答えなど最初から求めていないという事なのだろう。


すると臨也は唐突に立ち上がり、棚へ近付くと、本の裏という案外簡単な場所に隠されたガラスケースに入った首を取り出した。


「この国でだって、戦争は起きている。なのに、彼女は目覚めない」


上司はガラスケースをその細い指先で愛しそうに撫でていた。ガラスケースの上を這う指はこの上無く優しいもので、この男には随分と似合わないものだと思う。その姿に一瞬だけ誠二の姿が被り、また吐き気が込み上げた。気持ち悪いわ、本当に。


「目覚めないのなら、そんな首、捨ててしまえば良いじゃない」


「まさか!俺は首が目覚めるまで……この国中で起こっているささやかな戦争の糸を手繰り寄せてやるだけさ」


そう言った臨也の笑顔は、これ以上に無いくらい純粋で、純粋であるが故に、恐ろしかった。




「反吐が出るわ」