あたしは、物心ついた時から撫でられるのが好きだった。人肌の温もりが頭の上をぽんぽんと踊るように跳ねて掠めていくあの感じが好きだった。頭の上を左右する掌の動きと、撫でられているという事実にあたしがほんの少しだけこそばゆい気持ちになれば、人はいつも笑う。あたしは撫でられるという行為も好きだったが、それに伴う人の笑顔も好きだったのだ。


しかし撫でる、という行為は普通大人が子供にするようなものであって、よって普段からサトシの事を子供扱いしているあたしがこんな事を言うのは少しばかりおかしな話のような気がするのだけれど。それでもあたしは、あたしの頭の上を滑るように移動する、温かい人の掌が好きだった。頭を優しく包み込むようなあの感覚が、あたしに、誰かがあたしを守ってくれている、誰かがあたしを見守ってくれていると錯覚させるからだ。だから、寂しさを感じる時はよく撫でて撫でてとおばば様にせがんだりもしたものだ。まあそれも今となっては懐かしい過去の記憶でしかないのだけれど。


それなのに。何故この青年、デントから撫でられても中途半端な嫌悪感しか覚えないのか。優しくあたしを撫でる手はやはりあたたかくて、とても良いものの筈なのに不思議と嫌悪感しか浮かんで来ないのだ。ただ一口に嫌悪と言っても、それはデントが嫌いだから撫でられたくないだとかそういう嫌悪感では無くて、かと言って触れられるのが嫌だからという思いからやってくる嫌悪感でもない。むしろ触れられて少しだけ鼓動が早くなって、嬉しいという気持ちさえ心中に渦巻いているのに、だ。全くもってよく分からない矛盾を抱えたあたしはどうやら、人に撫でられるのは好きでも、どうしてか彼だけには撫でられたく無かったらしい。


「子供扱いしないで」


ついつい口から出てしまう、棘のある言葉。頭上の手を振り払うと、彼は何処か寂しそうに、それでいて少しだけ苦しそうに、傷付いたように笑うのだ。


「子供扱いなんてしてないよ?」


「嘘だ」


「どうしてそう思うの?」


あたしが子供扱いされていると感じてしまう理由は何よりもデントのその行動にあると言うのに。何故それが分からないのだろう。あたしは眉に少しだけ皺を寄せてから、デントが撫でてくるからとだけ答えた。するとデントは余計に傷付いた顔をしてあたしから視線を逸した。そんな顔をされると、まるであたしが悪者になったみたいじゃない。

「……アイリス、僕はね、君にどう触れていいのかが分からないんだ。僕が僕のしたいようにアイリスに触れたら、僕はきっとアイリスを傷付けてしまうよ。だから、僕は手を繋いだり撫でてやる事しか出来ないんだよ」


「でも、君を傷付けない為にだとか言っておいて、その行為が結果的に君に嫌な思いをさせてしまっていたんだから笑っちゃうよね」


そう自身に対する嘲笑の笑みを浮かべたデントに対して、あたしは何も言ってやる事が出来なかった。本当に、悪者はあたしの方だったのだ。デントはあたしの為にそうしてくれていたのに。あたしは。


「こんな事をわざわざ言っちゃうなんて狡いね。ごめん」


「……そんな事ないよ。ちゃんと言ってくれて、デントの気持ちが知れて、あたしは嬉しいよ」


だから、お願いだからそんな悲しそうな顔をしないで欲しい。あたしはようやく絞り出した声でそう告げて、デントをそっと抱き締めた。優しい温もりに包まれて、デントの早くなる心音を感じながら、あたしはそっと、デントを安心させるように大丈夫、大丈夫と言葉を紡ぐ。


「……また、撫でてもいいかな?」


「どーぞ」


頭上に置かれた手が左右ゆっくりと滑るように動く。それはとても心地よいもので、もう嫌悪感は感じない。でも、あたしはその事実よりも、遠慮がちではあるけれどあたしの背中に回わってきた手の温もりの方が、ずっとずっと大切で、嬉しいもののように思った。









拙い指先ですが、確かに愛しているので