瑞々しい、見ているだけでお腹が空いてきてしまいそうな果実達が鮮やかな色を放ちながらボウルの中に収まっている。派手な色合いにも関わらず無機質なボウルの中で大人しくしているその様はまるでデントに調理されるのを今か今かと待ちわびているかのようだ。そしてそんな果実達を横目に見ながら彼は料理からポケモンフーズに至るまで様々なものを生み出す繊細な指先を動かし、てきぱきと手際よく調理を進めていた。


もしも料理に芸術の面があるとするならば、それはその調理という行為によって完成された料理のそのものの事をさすに違いない。しかし彼の場合は少しだけ違った。彼の場合は料理のできる過程に含まれる調理という行為そのものもまた芸術なのだ。しなやかに動く指先、そしてそれが紡ぎ出す一連の流れるような動作はもはや芸術と形容しても良いレベルであり、今現在デントのすぐ後ろで調理作業を見守っているあたし自身を含め見る者を魅了させる力を持っていた。


今日の朝食はどうやら木の実や果実を挟んだサンドイッチとサラダの組み合わせのようだ。先程まで野菜を切り濃淡の様々な種類の葉を盛り付けていたデントの手はいつの間にか今朝あたしがとってきたばかりの果実に伸びていて、傍らには既に包丁とまな板が用意してある。


「アイリス、ちょっと悪いんだけどそこのバックの中にドレッシングのボトルが入ってるからそれを出しておいてくれるかな」


「あ、うん」


バックから取り出したのは木の実をすりつぶした物と調味料を幾つか交ぜて作ったドレッシングが入っているボトル。これはデントが作り置きしておいたものだ。それを取り出してデントの所へ持って行くと彼は笑顔でそれを受け取り、それから動かない私を見て不思議そうに尋ねた。


「サトシの所には戻らないの?一緒に待ってればいいのに」


「ううん、あたしここで見てるからいいの」


「そう?」


そこで会話は止まりデントはこちらに背を向けて果実をスライスする作業へと戻る。けれどもそれは一瞬の事ですぐに彼は振り返った。その彼の表情は何処か恥かしいような照れているようなと言った雰囲気で頬に少しだけ赤みがさしている。それがどうしてか分からなかったあたしはそのデントの行動に思わず首をかしげた。


「せ、せっかくだしアイリスも手伝ってよ!」


「え?でもあたしが手伝うよりもデント一人でやった方が絶対手際いいのに……」


「だってそうやってずっと見られてるのなんか恥かしいし!見てるなら手伝ってよ!ね?ね?」


結果半ば押し切られるような形で手伝う事となりあたしは簡易調理台の前ことデントの隣に立たされた。その事実にほんの少しだけ鼓動が早くなる感覚を覚えながら、簡易調理台を見下ろすと何故かまな板が2つも用意されており、その上にはそれぞれ形の違う皮の剥かれた果実が転がっていた。


「こっちの切りにくい形のは僕が切るから、アイリスはそっちのを半分にしてからまた半分、櫛形4つ切りにしてね」


「う、うん…」


あたしが包丁を握ったのをきっかけにデントは作業へと戻ってしまう。相変わらずてきぱきとその作業を進めていく様は完璧だ。その一方であたしはと言うと最初の一歩を踏み出せずにいた。料理をした事がない訳では無いけれど、実際にした回数は片手で足りる程度。それにあたしは木の実や果実には一切手を加えずにまるかじりをしていたのだ。よって果実を器用に切り刻んだ経験なんてこれっぽっちも無い。


取りあえず朝食は完成させなければいけないので、過去に包丁を使った時の感覚を思い出しながら、おそるおそる果実に手を添えてみる。そして包丁の刃を果肉の上に押さえるようにして立てて、ゆっくりと力を加えて行った。するとやがてトン、という軽い音がして刃は簡単に果肉を切り裂きまな板とぶつかった。手は震えてしまったがなんとか出来たようだ。


「……大丈夫?怪我とかしてないよね?」


無事に包丁を扱えた事に安堵していると背後からやさしい声。その声が耳に届くと同時に、果実を押さえている自分の手に何かが添えられ、包丁を持っている方の手はそのまま何かに包み込まれるような感触がした。


「ほ、包丁ぐらい使えるわよ!子供じゃあるまいし!」


「あれだけ手震えてたのに?」


「う……」


「大丈夫、一緒にやってみようか」


自分の手を包む込む温かいそれがデントの手であると認識した時にはもう遅く、彼は何も言えなくなったあたしの手を上から優しく握りこんでいた。背後から腕を回すようにして立っている彼との距離は通常よりもぐっと近く、もしかしたらこちらの激しい鼓動までが聞こえているんじゃないかと思ってしまう。一度そう思ってしまうとこの状態に対する恥かしさがより一層増してもう何が何だか分からない。しかし自身の顔が熱を持ちほてっている感覚はやたら鮮明で、デントに踊らされてばかりいるあたしは何だか悔しくなった。


「ふふっ、アイリスはまず、料理をする前に調理道具をちゃんと使えるように練習しないとね。じゃないと危なっかしくて僕が落ち着かないよ」


最後の果実を切り終える寸前、耳元で囁かれるようにして苦笑混りの言葉が聞こえた。その子供扱いするような物言いにあたしは少しばかり苛立った訳なのだけれど、憤る代わりに一つだけわがままを吐く事で、無かった事にしておいた。




「デントがちゃんと教えてくれるなら練習してあげる」







体温越しの心臓をつなぐ