「どうしてみんなはおれをこわがるの?」


「どうしてみんなはおれをみてくれないの?」


「どうしてみんなはおれをあいしてくれないの?」


どうして。ねえどうして?


化け物と呼ばれた少年は、人間になることを願っていた。人間の常識を超えた力は、少年に何も与えてはくれず。少年から、希望を、未来を、愛を奪ってゆくばかり。少年は、そんな自らの力を忌み嫌い、憎んでいた。家族以外の誰からも愛されない。そんな孤独に少年は押し潰され、もがき苦しんでいた。





「どうして俺を愛してくれないの、か……」


自身の手を見つめて、兄さんは確かにそう呟いた。唐突に吐かれたその言葉に僕は少し驚いて再度兄さんを見やる。僕が不思議そうに見つめてみても、兄さんは自身の手を見詰めたまま動かなかった。月明かりが綺麗だから、と電気を消した部屋の中、兄さんの金色が月明かりに照らされてやわらかな光を放っている。


どうして愛してくれないの


僕がその言葉に対して驚きを隠すことが出来なかったのにはもちろん訳がある。なぜならその言葉は兄さんが一番良く知る言葉でもあり、きっともう何年も発していないであろう言葉でもあったからだ。


「兄さんが昔のことを言うなんて、珍しいね」


「そうだな。過去にいいことなんてひとつも無かったのに、変な話だよな」


「……昔が懐かしくでもなったの?」


シンプルなデザインのガラス製のコップ。その中の液体をこくりと飲み干す。中身はもちろんのこと安く買えるはずのビールなどではない。ただのお茶だ。兄さんはビールが嫌いだから、僕が時折こうして兄さんの家を訪ねる時は、少しのつまみと、お茶だけを持っていくようにしていた。僕の持ってきたつまみを口の中に放り込みながら、兄さんは答える。


「さあな。ただ、昔、そんなことを思ってた時もあったなと思ってよ。愛されないとか、愛されたいとか。ま、今の俺にはそういうのは関係ない話だけどな」


「本当に、関係ない話なの?」


兄さんはその問いには答えなかった。もともと口数の多くない兄さんとの会話は、唐突に途切れることも多い。


誰かに愛されることを懇願する心。今の兄さんはそんなことを思ってはいない、関係ないと言ったけれど、それは嘘だと思った。兄さんは今だって誰かに愛されたい、誰かに受け入れられたい。そう懇願している筈だ。最近は先輩であり仕事上の上司でもある人や、ほかの人間とも関わりが多くなってきたとはいえ、幼い頃からずっと味わってきた孤独の恐怖からは逃れることなどできない。人と関われば関わるほど、過去の孤独は兄さんを蝕み続ける。僕はそれを理解していたからこそ、先ほど、本当にそうなのかと聞き返したのだ。そして僕はこういったとき言葉の代わりとして返ってくる静寂が、否定の意であることを知っていた。


どうして愛してくれないの


兄さんがこの言葉を放つとき、いつも決まって兄さんは泣いていた。自身を守るように小さく丸くなって、体を震わせて泣いていたのだ。そんな時、僕は側にいてやることしか出来なかったのだけれど、あれから十年以上たった今、昔と違い泣かない兄さんから呟かれたこの言葉に対して、今の僕はなにを言ってやることが出来るのだろう。少しだけ考えてから、僕は尊敬する人物たちから少しだけ言葉を借りることにした。人間としての感情や表情が欠けてしまっている僕には、こうするしかなかったと言ってしまえばそれまでなのだけれど。


「あのね兄さん。……愛されてるっていう事実を認識するのって、じつは簡単そうに見えて、とても難しいものなんだってっさ」











愛とはどういうものですか





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