「ネットでの人格って、単に自分にはないものを持ったキャラクターを演じているだけの作り物の人格ってわけじゃなくて、実はその人の隠れた人格そのものなんだってさ」


――折原臨也、死亡確認!――


パソコンのキーボードを数回軽く叩いてから、背もたれに体を預けるようにして画面から離れる。酷く疲れた目を擦ってから、側で仕事に勤しんでいた秘書に声を掛けた。因みに言っておくがこの言葉にたいした意味はない。今先程までしていたチャット内で九十九屋が言っていたことだから波江にも聞いてみただけだ。


「へえ。じゃああなたの本当の人格はきゃぴきゃぴの明るい女みたいな人格と、言葉を投げかけて相手の心を虜にするような詐欺師みたいな人格と、冷静沈着、大人しい感じの人格が別々に存在するとでも言いたい訳?気持ち悪いわ」


冷たい目でこちらを見る波江は相変わらずだ。ていうかこの弟以外のものには興味がない冷徹女でも「きゃぴきゃぴ」なんていう単語を発したりするんだな。なんか意外。そんなようなことを正直に言えば波江に更に冷たい目で睨まれた。


「酷いなあ」


「酷くなんかないわよ。これが一般人の反応よ」


「一般人、ねえ……」


弟に歪んだ愛情を向ける君が一般人とは到底思えないけど、という言葉は口には出さず飲み込んでおいた。これ以上睨まれるのは御免だ。


「甘楽も、名倉も、クロムも、折原臨也を構成する人格のひとつだって事だよね」


「そうね、気持ち悪い」


「じゃあ、俺の中に人間を愛している人格もいるってことだよねえ?」


「あら?人を愛している人格は、主人格である折原臨也でないとでも言いたげね」


ソファに移動して深く腰掛ける。長時間のパソコンの操作で疲れているのがわかったのか、波江は俺の行動に文句一つ言わずに黙々と書類整理を続けていた。ぱさり、ぱさりと紙を捲るような、紙同士が擦れるような音が部屋を支配する。酷くむなしさを掻き立てられるような、そんな音だった。その音の支配から逃れようと、チェスの盤の上に転がっている駒に手を伸ばす。そして適当に掴んだ駒を机の上に放り投げた。


「まあ仮の話さ」


「人間を愛する人格が無くとも、その人格構成要素じゃ、あなたが善人になれるとは到底思えないけど」


「はは、そうかもね」


からん、硬いもの同士がぶつかる音が部屋に響く。机にぶつかって床に転げ落ちた駒は、なにかを言いたそうに静かに俺を見つめていた。けれど俺はそれをあえて無視した。無視しなければならなかった。そこで気がついた。俺は一体何を言っているんだろう、と。自分に人間を愛する人格が消えてしまったら、それはもう折原臨也ではない。別の誰かだ。


孤独がなんだ。傍観者がなんだ。俺は人を愛することでこんなにも満たされている、筈なのに。


「あなた、実は、人間が大嫌いなんじゃない?」


唐突に放たれた波江の呟きに、床に転がった黒のクイーンが、それに同意するかのように小さくほくそえんだような気がした。











泣けないオトナの末路




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