ぱしゃん、ぱしゃん。


新品の長靴で水溜まりを踏み締めるとそんな音がしました。水飛沫が跳ねて、きらりと光ります。新品の少しだけ雨に濡れたレインコートの明るい色も目に眩しいです。なんとなく視線を落とすと、大きく先程大きく跳ねていた水面はもう水平に戻っていて、鏡のように静かに晴れた青空と水溜まりを覗き込む自分の顔がそこに映し出されていました。もう一度足を持ち上げて降ろすと、水溜まりの上の青空と自分の顔は歪み、今度はさっきよりも大きい水飛沫が太陽の光を反射させてきらりと光り散っていきます。その様子がなんだか面白く感じて。山田は買い出しの荷物を持ってかなり後ろを歩いていると思われる相馬さんがこちらに追い付くまでこの水溜まりと遊ぶことにしました。


今度は両足をバネにして飛び上がる。高く、高く、ふわりと自分の身体が空中に浮かびとどまるその一瞬。自分の長く伸ばした髪の毛が重力に逆らって、ふわりと持ち上がる瞬間が、まるで無重力の空間に自分が放り出されたみたいです。そしてすぐに降下する身体。再び水溜まりに足が付けば、今までのより何倍も大きな大きな水飛沫が上がります。それと同時にものすごく大きな音がしました。跳ねた水飛沫は新品の長靴にも、新品のレインコートの裾にも跳ねて、長靴から出ていた足は少し濡れてしまいました。幸いな事に、この水溜まりはアスファルトの上にあるものだったので泥だらけになるような事はありませんでしたけど。


「山田さん!何やってんの……」


大きな水飛沫に、一瞬だけ濃く煌めいた虹。それをなんとなく見ていると、買い物袋と傘を片手でぶら下げた相馬さんが小走りでこちらへとやってきました。それと同時に、驚きと呆れたような声色が紡ぐ言葉が山田に降りそそぎます。


「あーびしょ濡れじゃない」


「へへへ、」


「笑ってる場合じゃないでしょ。早く身体拭かないと風邪引くよ?ほら、早く」


きゅ、と軽く握られた掌に、山田の心はとくりとくりと波打ち始めます。この瞬間が好きなんです。相馬さんから山田に関わってくれるこの瞬間。相馬さんが山田を見て、山田に声をかけてくれるこの瞬間。それは、構って下さいと言って構ってもらうのとは全く違うもので、山田にとってはどんなに小さなものでも大きな意味を持つのです。



山田からじゃなくて、相馬さんから声をかけてくれる。そのささやかな願望を叶える為に、わざとこんな事をしてると言えば、相馬さんは怒るでしょうか。それは怖いので、しばらくこの事は内緒にしておきますね。


太陽が煌めいて、レインコートから雫が跳ねる。雨上がりの空はどこまでも青くて、それは地面の水溜まりに自分の影と一緒に映し出されています。今、山田の内緒話を知っているのは、この水溜まりの中にいる自分だけです。共通の秘密を持ったその共犯者は笑います。それはそれは楽しそうに。何処か自分を嘲笑うようにもとれるその笑顔は、正真正銘の山田の笑顔でした。いや、山田の笑顔と言うよりも、葵の笑顔、と言った方が正しいでしょう。本当の山田がそこで笑っているのです。山田はその顔にもうすこしだけ秘密にしてて下さい、と心中で言葉を投げ掛けてから、それを長靴で思いっきり踏み潰したのでした。











水面の裏に潜む










***


相馬←山田な感じでした。