「相馬さんの髪って、珍しい色してますよね」


休憩時間。束の間の休息ほっと息をついて椅子に腰掛ける。が、その休息も一時的なものでぱたぱたと足音がしてからぐっと背中に掛かった圧力に首を少し回せば、降ってきたその言葉と同時にさらさらと指通りの良さそうな黒髪が視界を埋め尽くす。その黒髪の持ち主は一度甘えたように俺にしがみついてから、俺の髪を一房摘んでは持ち上げ、摘んでは持ち上げてを繰り返していた。しかしそれだけでは物足りなかったようで2、3回同じ動作を繰り返した後、今度は自らの指先に毛先を絡めたりして遊ばせ始めた。指先に絡まるそれを見る目は実に不思議そうだ。


「そんなに珍しいかなあ……」

「蒼がかった髪ってあんまり見ませんよ?相馬さんもしかしてハーフか何かですか」


「どうだろうねえ」


そんなやり取りをした後、山田さんは髪を触っていた手を一度止めて、少しクシャクシャになってしまった髪を手櫛で整えてくれた。頭皮を掠める指先がくすぐったい。


「また秘密ですか」


「うん秘密ー」


面白いから、と続けると彼女は、またそれですか、と白い頬を膨らませた。その様子がまた面白くて、膨らんだ頬に人差し指を当ててやると、山田さんはぷしゅりと空気を吐き出した。すると山田さんはからかわれているのが癪に障ったのか子供扱いされたのが嫌だったのか、めげずに頬を膨らまし直して目線で何かを訴えかけて来た。


「はいはい、ごめんね山田さん」


わざとらしく困ったように笑って頭をひと撫でしてやれば、山田さんはすぐにころりと態度を変えて笑った。どうやら子供扱いされて怒っていた訳では無いらしい。撫でた時に指先に絡まり、それでもすぐにするりと通り抜けてしまった髪の感触がなんだか新鮮だ。


今度は俺が山田さんの髪を一房持ち上げて指先で弄んでみる。艶やかな紫に近い黒髪は俺の指先を滑る。滑る。山田さんがくすぐったそうに笑えば、黒髪はふわりと揺れて、シャンプーのいい匂いが鼻を掠める。見つめていると黒に吸い込まれてしまいそうだなあとかなんともロマンチックな気分に浸っていると、ふと、されるがままになっていた山田さんが拗ねたように口を開いた。


「相馬さん、羨ましいです」


なんで、と返せば、髪が綺麗な色だからです、と返ってくる。山田さんはこう続けた。


「山田、相馬さんの髪の色、凄く好きですよ」


「そう?」


「見てると蒼に吸い込まれてしまいそうです」


あ、同じだ。なんて言えなかった。彼女はなんとも恥かしい台詞をさらりと言ってのけるとにへら、と嬉しそうに笑い、再び俺の髪に手を伸ばした。するとお互いの髪を触り合うという、なんとも不思議な場が出来上がってしまい照れくさいような気がしたけれど、兄代わりとその妹なのだからこれくらいあたりまえなのだと自身の中で勝手に結論付けることにする。それでもこの状況には思わず笑みが零れてしまった。


何がおかしいんですか、とまた山田さんは拗ねたような表情をしたけれど気にしない。俺は山田さんの髪に触れたまま唇から笑みを零し続けた。


「俺は、山田さんの髪の方が好きだけどなあ」













指先が辿った先に心があればいい






title:幸福