俺と会話を交わしながら机に肘を付きぷらんぷらんと足を椅子からだらしなく垂らす彼女はそうした態度を取る事で暇ですることがない事を示していた。口は動いていてもやはり暇ということなのか。俺が相手をしているというのにそんな態度を取られてはなんだか気分が悪い。まあ常に元気と饒舌のパラメーターが最高値を振り切っている彼女には俺なんかが退屈しのぎになるとは到底思えないし、最初から思ってはいなかったけれど。


山田さんは卓上に置かれたコーヒーカップからゆらゆらと立ち上ぼる湯気と、その向こうに座っている俺とを交互に見て、山田さん特製納豆ごはんに新しい材料を加えてみたのがどうだとか、今日店に来ていた客がどんな人だったとか、客が話していた他人の噂話だとか、大して面白くもおかしくもない話を繰り返す。俺はそれに適当に相槌を打つだけなのだから、暇に感じるのは当然の事なのだろう。


彼女はどんなに甘えても、話掛けても、適当にあしらわれるのを知っていて敢えて話し掛けてきているという事だ。さすがにこんな風に扱ってしまえばつまらない家族ごっこも止めるだろうとか軽く考えてはいたんだけれど。よっぽど図太い神経をしてるのかそれとも適当にあしらわれるこの状況を楽しんでいるのか。ぺらぺらぺらぺら次から次へと何かをまくし立ててる子供同然のその笑顔を見ながらそんなような推測をする事自体が馬鹿げているようにも思えなくも無い。


「……その、カーネーションが綺麗だったんですよ!って相馬さん!聞いてます?」


「え、あ、ああ、聞いてるよ?」


思考に耽っていたら急にそんなような事を言われたので慌てて答えると、かなり分かりやすい嘘だな、と自分でも内心笑ってしまったくらいだった。素直に聞いて無かった、と言えばいいものを。しかし山田さんはこれっぽっちも気にする事無く、俺が返事をした事に嬉しそうに笑っただけだった。この子は本当に嬉しそうに笑うなあ。そんなような事を思うと浮上してくる疑問。先程からずっと考えていたこと。彼女は適当にあしらわれているのを自覚しているというのにどうしてこんなにも俺に付きまとうようにするのだろうか。その問の答えが見つからない限り山田さんの本当に嬉しそうなその笑顔は俺の良心にちくりちくりと突き刺さるばかりだ。


彼女の感情を読み取る為に山田さんの視線に自らの視線を絡めると、彼女はいつの間にか話の続きに戻っていて、カーネーションの色艶がどうのこうのという内容の話をしていた。全くどういう経緯でカーネーションの話になったのか、なんてはっきりとは覚えていなかったけど。たしか花屋で見掛けたとか言っていたような気がする。俺は彼女と視線を絡ませながらそのまま話を聞いてやる事にした。


「そのカーネーション見てたら、昔、母の日にお母さんにあげたカーネーションを思いだしちゃって、」


お母さん。その言葉が唇から零れ落ちた時に、山田さんの嬉しそうな表情が更に綻んだ。ような気がした。あまりにも一瞬の事だったし、綻んだと言ってもその変化は微々たるものだったので確信は持てないけれど。そこで俺はちゃんと思い出した。山田さんがたった今までしていた話の内容を。山田さんの特製納豆ごはんに新材料としてお母さんが好きな食べ物を入れてみたこと。今日お店に来ていたお客がお母さんに似ていたこと。噂話をされている人の特徴がお母さんに似ていたこと。全く脈絡の無い、つまらないと思ったいたその話達は実は全てに意味を持っていたみたいだ。どうやら本人に自覚は無く、無意識に話しているみたいだけれど。


ふと、何気なく目の前にある頭に手を伸ばしてみれば、山田さんは何を思ったのか目を閉じる。俺の手はまるで吸い寄せられるかのようにぽすん、と山田さんの頭の上に収まった。そして手を左右に滑らせるように動かすと山田さんは目を閉じたまま少しくすぐったそうに身をすくめて笑う。


「相馬さん、今日はなんだか優しいですね」


「そう?気のせいじゃないかな」


「そんな事ないです。山田の第六感がそう言っています。という訳で今日は山田、いつも以上に優しい相馬さんにいつも以上に甘えちゃいますね」


「……はいはい、勝手にすれば」


「ふふ、やっぱり相馬さんは優しいです」


子供をあやす、母のように。いや、ここでは父親と言うべきなのか、はたまた妹を甘やかす兄、というべきなのか。俺が頭を撫でる感触にうっとりとした様子でその切れ目を細めて笑う彼女を見て、今日一日くらいはこの淋しがり屋の相手を思う存分してあげようと思ってしまったのだ。










淋しがり屋に幸せをひとつ