「ぜーったいに手をはなしちゃだめだからね」


「ぜったい手をはなしてはいけませんよ」


親とはぐれて迷子になってしまった時、俺の前を歩く2人の兄はいつもそう言って手を握ってくれた。…でも俺はそれをガキ扱いされてると感じて、その手をいつも振り払ってしまっていたような気がする。その度に、兄ちゃんの言う事は聞くんだよデントが優しく言い聞かせ、そしてコーンがぶつぶつと文句を言いながらまた俺の手を引っ張る。俺は再びその手を振り払う。そんな感じの繰り越しだったように思う。俺は素直じゃないから、2人に手を引っ張られる度に嫌そうな顔をするんだけど、本当は握る掌から兄弟達の体温が仄かに伝わってくるのが嬉しくて、心地よくて、ずっとこのままがいいなぁ、なんて思っていたんだ。


そんな遠い昔の事を思い出しながら、俺はヒウンシティの空を見上げた。ビル群と言う名前の枠に切り取られてしまった空はちっとも綺麗じゃない。少なくとも俺の目にはその空は酷く汚く濁っているようにしか見えなかった。


そして空から視線を落とす。視界に入るのは都会を行き交う人、人、人。俺はその人込みを見つめながら小さくため息を付いた。少し耳を澄ませば誰にでもきこえるようなそのため息もここでは誰の耳にも届く事無くあっさりと都会の喧騒に紛れて消えた。


やはり何度見回しても人込みの中に見慣れた緑と青は見えない。2人と完全にはぐれてしまったようだ。迷子なんて一体何時以来だろうか。


「あーちくしょーッ」


どうしようも無いこの状況に俺はむしゃくしゃして頭を掻き回した。折角セットした髪が台無しだけど気にしない。こんな歳になって街で迷うとは我ながらなんとも恥かしい話だ。まぁ初めて訪れた街だしこんなに広い大都会で方向音痴の俺が迷うのも仕方ない話なのだが。街を歩く人々に道を聞こうかとも思ったがジムリーダーとして俺もちょっとは顔知られてるだろうし、何しろ恥ずかしさが先に立ち到底出来るものでは無い。


とにかく2人を探すしかねーな、そう思って俺は人の流れに乗ってふらりと歩き出した。勿論何処を探すかなんて考えていない。とにかく2人はアーティさんに会いにヒウンジムに向かった筈だ。だから何処にあるか分からないがジムの方向へ歩けばいつかは2人に会えるだろう。そんな程度にしか考えて無かった。…でも、こんな広い大都会の中ぽつんと一人でいるのはやっぱなんか寂しいよなぁ。気付いたら俺はボールからバオップを出し、抱えあげていた。当のバオップはバトルではないのにどうして自分がボールから出されたのか理解出来なかったようで、腕の中から不思議そうに俺を見上げるだけだった。


人の流れに逆らう事無く流されるように通りを歩いて行く。そう、流れにそって、けして逆らわずに。そうやって歩いていたはずなのになんでだろう、向かい側から歩いて来た人に何度か肩がぶつかってしまった。すいません、俺がそう言う暇も与えず相手は俺をちらりと見ただけで特に気に留める事なく行ってしまう。


そのまま歩いて行くと少し開けた場所にたどり着いた。どうやらここは街の中心にある公園らしい、都会の中には珍しい緑の木々と綺麗な噴水が目立つ美しい場所だった。結構歩いたし少し休憩するか。はぁ、と今日何度目かのため息をついて俺は公園内にあるベンチに腰掛けた。公園は通りの喧騒とは売って変わって実に穏やかで静かな場所だった。都会のど真ん中なのに風で揺れる木々から小鳥の囀りが聞こえて来る程だ。


視線の行き場が見つからずに何となくを辺りを見回す。そこであるものに目が止まった。それは噴水の側で遊んでいる子供達だ。ボールを追いかけて楽しそうに遊んでいる。その子供達を微笑ましいなぁと見ていたらある時、子供達のうちの一人が転んで、泣き出してしまった。それを見ていた別の子供達は、その転んだ子の手を握って立たせ、大丈夫だよ、そう言って頭を撫でた。その様子に、何故かは分からないが昔の自分達が重なって見えて。バオップを抱く腕の力が強くなる。なんでこんなにも寂しいと思ってしまうのだろう。


「…見失ったかと思えば、こんな所で油を売っていたんですか」


そんな時、懐かしい、いや、今もっとも聞きたかった声が降ってきて、俺は弾かれたように声がした方へと振り返った。


「もー、ポッドったら、僕達心配したんだよ」


そこには勿論の事俺の兄弟達が立っていて。2人の姿を見た途端、安心したのか俺の中で塞き止められていた何かがどっと溢れ出た。頬を生暖かい何かがゆっくりと伝って落ちる。あれ…俺、もしかして…泣いてる…?

「コーン…デントぉ…ッ」


うっ、うっ、となんとも情けない嗚咽が込み上げてきて俺はそれを噛み殺そうと必死だったけど、その努力は虚しく、気付いた時には俺の顔は既に涙でくしゃくしゃになっていた。なんでだろう。なんでこんなにも俺は泣いてるんだろう。悲しくなんてないのに。そうか、これが嬉し泣きってやつなのか。


俺が突然泣き出したのを見て、デントとコーンは酷く驚き、慌てて俺の側へと駆け寄って来てくれた。それがまた嬉しくて、更に涙は溢れ出る。腕で乱暴にその涙を拭おうとしたら、バオップがその手に待ったをかけて。何をするのかと思っていたらバオップはその小さい身体を必死に伸ばし、その手で俺の涙を優しく、そっと拭ってくれた。

「…ありがとな」


今まで俺を支えてくれた愛しい相棒にそっと呟くと、バオップは嬉しそうに返事をしてから今度は俺の腰に付いているモンスターボールにそっと触れて、ボールの中へと吸い込まれていってしまった。なんだろう、ボールに吸い込まれる直前、バオップが、もう一人でも大丈夫だよね、と言っているように見えたのは気のせいだろうか。


「…さぁ、行こう?」


デントの声とともに差し出された2つの手。ああ、あの時と同じだ。幼い頃のあの時と。今度は振り払う事無く素直にその手を握れるだろうか。俺はその2つの手をしばらく見つめてから、強く、強く握って立ち上がった。


痛いよポッド、とデントが小さく悲鳴をあげ、コーンが少し眉を顰めたけれど気にしない。俺は小さく笑った。


「俺様を子供扱いした罰だッ」

繋いだ手から仄かに伝わる体温。ああ、やっぱり俺はこの温もりが大好きなんだ。改めてそれを感じる事が出来て嬉しくなった俺は繋いだ手をぶんぶんと振り回してしまった。







つないで伝わる




title:hence






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