相馬さんと一緒にいる時、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、背伸びをしてみました。少しだけ背が高くなったような優越感。少しだけ大人に近付けたような満足感が山田を支配します。


相馬さんは山田が背伸びをしているのをただ不思議そうに見てるだけでした。何の反応もなくて山田としては面白くありません。


今度は、大人の女性が着るような、ちょっとだけ露出のある服を着てみました。これは、梢さんが山田のサイズに合うように調整して貸してくれたものです。その格好で、いつものように相馬さんに構って下さい、と言うと、相馬さんははいはいとか適当に返事をして山田の納豆話を聞いてくれただけでした。これも反応が無くて山田的には嬉しくありません。折角山田がお洒落してみたと言うのに一言も無いというのは兄としてどうなのでしょう。


その後、休憩時間が相馬さんと重なったので、休憩室で出された紅茶を砂糖無しで飲んでみました。相馬さんはいつも人の事を細かくみているから、山田が砂糖無しの紅茶を飲んでいる事にすぐに気が付く筈です。いや、気が付いているでしょう。しかし相馬さんはあたたかい湯気が立つコーヒーを静かに飲みながらとろんとした目で山田を見ているだけで何も言いませんでした。


やっぱり面白くありません。山田が背伸びをしているのも、大人っぽい服を着たのも、紅茶に砂糖を入れずに飲んでみたのも。全部全部、相馬さんの為でもあるというのに。山田が大人になれば、相馬さんは山田を見下ろして困ったように笑う事も無くなるし、時々、何か含みのある笑みの下に隠れる辛そうな表情、というか感情を見せることは無くなるのではないかと思ったからです。でも相馬さんは、いつもと変わらず感情を押し隠した笑顔を浮かべるだけでした。何がいけなかったのでしょう?大人ごっことは案外難しいもののようです。


「本当に兄妹みたいだね」


そう言われて、嬉しかった山田ですが、いつまでもかわいい妹のままじゃいられません。妹だって成長するんです。大人になってみたいんです。成長していく妹に、何処か寂しさを感じてしまう兄、のような、ドラマや小説なんかでありそうな展開を山田は期待するのです。まあ本当は何がしたかったのかと言われれば、大人になりたいというこの歳にはよくある願望と、山田が大人になろうとしたら相馬さんはどんな反応をするんだろうか、感情を押し隠すような笑顔はしなくなるのだろうか、という興味本位からの行動でした。


さっきはつい癖で構って下さい、とか言っちゃいましたけどあれは忘れて下さい。山田、うっかりしてました。


目の前でコーヒーをスプーンでくるくると掻き混ぜる相馬さんは、やっぱり含みのある笑顔を浮かべていたままでした。その笑顔は、山田から見ると、辛い感情を隠す為のそれにしか思えないんです。大人ごっこをしてみても、相馬さんのそれは何一つとして変わっていませんでした。むしろさっきよりも酷くなったような気もします。


「ねぇ、山田さん」


「なんですか相馬さん」


「君には、さ。なんていうか、いつものままでいてほしいな」


無理に大人にならないでいいから、背伸びする必要ないから。


ドラマや小説で見たような兄妹のような展開。それを望んでいたとはいえ、実際にそれが起こるとこんなにもくすぐったいものなんですね。山田、なんだか恥かしくなってきました。結論としては、相馬さんのあの笑顔は変わらぬままで、どうしてそんなにも辛そうなのか、その理由は分からずじまいだったけれど。












純粋アンバランス







title:hence









相馬さんが笑顔で隠していると思われる感情は、多分山田への好意から来るものです、という補足。


山田が大人っぽい服を着た時、相馬さんは表情に変化が無くてもちょっと動揺してたらいいです。