ぴぴっと鳴った電子音。同時にたかれるフラッシュ。俺はまた一つ時間を枠の中に閉じ込めた。使い慣れたデジカメの画面には俺が閉じ込めた瞬間が映し出される。瞬間、と言ってもほとんどが説得に使う用の人物の写真だったり、人の秘密を激写したものだったり……これは人に見せるものではないけれど、まあ、とにかく、俺のデジカメの中には沢山の瞬間が詰まっている。


そう言えば以前、種島さんにデジカメの中のデータを見ていいかと聞かれた事がある。もちろんその時は脅しをかけたからデータを見られるような事は無かったけれど。


迂闊だった。俺はなんとなく写真を撮った後、なんとあろう事か、休憩室のテーブルの上にそのデジカメを置き忘れたのだ。それでもデジカメを置きっ放しにしていたのはほんの1分、2分くらいの事だったのに。すぐにデジカメを置き忘れた事に気が付いて休憩室に戻ったけれど遅かった。山田さんがデジカメを持っていたからだ。山田さんはデジカメの画面をなんだか楽しそうに見つめている。こちらには気が付いていないようだったので、俺はその隙に山田さんからデジカメを奪い取った。


「ああっ、何するんですか相馬さん!」


「何するって、これは俺のデジカメだよー山田さん」


ひょいっと高い位置にデジカメを掲げる。すると山田さんは面白いくらいにぴょんぴょんと跳ねて、写真もっと見たいです!なんて叫びながら手を伸ばしていた。いくら跳ねようが手を伸ばそうがその差は明確なのに。この状態、まるで種島さんをいじめている佐藤くんみたいだ。そこで俺は、自分より背が低い人をいじめることで生まれる優越感や満足感ってこんな感じなのだろうかと漠然と思った。まあそんな優越感なんてわかりたくもないが。


しばらくそうやって遊んでいると、山田さんはようやくあきらめてくれたようで、ぶつぶつ文句を言いながら休憩室のパイプ椅子に腰掛けた。因みに言っておくと山田さんの休憩室時間はまだ先であって今は決して山田さんの休憩時間ではない。


「みんなの秘密写真が見られると期待したのに……残念です」


「あはは、期待に沿えずごめんね」


どうやら説得に使う皆の写真までは山田さん見られないで済んだようだ。ほっ、と心中で胸を撫で下ろした俺に山田さんはにこにこと笑顔を零しながら言葉のやりとりを続ける。


「相馬さんのデジカメの中、思い出でいっぱいでした」


「そう……かな」


「はい!個人の写真だけじゃなくて、皆が楽しそうに笑いあってる写真とか、皆が協力している写真とか、いっぱいいっぱいありました」


相馬さんは、思い出を全部、全部、写真に残しているんですね。


そう言った山田さんはその言葉の後に、だから、羨ましいんです、とだけ付け加えた。机に顎をのせて呟くその様子は、いつもよりちょっとだけ寂しそうに見えたような気もする。


「……でも、山田が見た中では相馬さんの写真、一枚もありませんでした」


「そりゃあ全部俺が撮ってるからね」


「そんなのおかしいです」


山田さんはがたんと音を立てて立ち上がるとつかつかと俺の前に歩いて来て仁王立ち。そして俺が手に持っているデジカメを指し示す。


「ワグナリアの思い出を写す写真に相馬さんがいないのはおかしいです」


だから相馬さん、山田と写真、撮りましょう?






その後は山田さんに手を引かれされるがままになっていた。俺は、仕事中だから、と適当に理由を付けて彼女を邪険にする事は出来なかった。鼻歌を歌いながら俺の手を引く山田さんを見てると、それはしてはいけないような気がしたからだ。山田さんはまず暇そうにしていた店長を捕まえて、デジカメを託す。少しばかり怠そうな合図が聞こえて、その後電子音がすれば、俺と山田さんの瞬間は四角い枠のそこに閉じ込められた。


「相馬さんと山田のツーショットです!」


山田さんはそう言って嬉しそうに店長からデジカメを受け取った。そして先程撮った写真を嬉しそうに見ている。その姿は目を輝かせている子供そのものだ。


それから少しして、山田さんに、俺にも写真見せて、と言えば彼女は花が咲いたような笑顔で俺にデジカメを託した。


山田さんから受け取ったデジカメの画面には楽しそうに笑いピースをする山田さんと、俺。


その枠の中にいる俺は、自分でも驚いてしまうくらいに、心から楽しそうに笑っていた。












緩やかに確かにのこした思い出がわらう








title:幸福