※一応これの続きみたいになってますが読まなくても大丈夫






「いち、にー、さん、しっ!」

テンポを一定に保ちながら、指揮棒に見立てられたデントのひとさし指が上下左右へと揺れる。楽しそうに、それでも正確なテンポで指揮を振るデントは、足元にいる、小さな指揮者に頑張れと声を掛けた。その声を聞き、とミトン型の手を必死に動かす小さな指揮者ことヤナップの姿は大変微笑ましいもので見ているこっちまで応援したくなってしまうくらいだ。


その様子を見ていたのは、どうやらあたしだけじゃないないらしい。いつの間にか外へ顔を覗かせていたキバゴが飛び出し、デントとヤナップの元へと駆け出して行ったからだ。キバゴは見よう見まねのヤナップの指揮をみて、それに合わせるかのように歌いだす。あたしは歌うキバゴの背中を見つつ、邪魔にならないよう小声で話しかけた。

「デント、何してるの?」


「ヤナップに指揮を教えてたんだよ。この間のミュージカルの練習が気に食わなかったみたいでね」


デントの言葉を聴いて、少し前のことを思い出す。ミュージカル出演を控えた3匹のマラカッチと一人の少年との出会い。たしか、その時、ヤナップやキバゴたちも一緒になって練習したんだけれど、リズムもテンポもバラバラで上手く行かなかったんだっけ。


「それで、まずは一定のテンポを保つ練習として、指揮を教えてみたんだ」


デントはそう答えながら、指揮棒に見立てた自身の手をおおきく振る。するとそれに合わせるようにヤナップの手の振りも大きくなった。キバゴの歌声も大きくなる。


「ほら!みてよアイリス!」


デントが笑いながら視線を少しばかり離れた茂みへと移す。そこには、あたしたちの事をひっそりと見つめている野生のポケモン達。キバゴの歌を聴いてここへやってきたのかな。といっても、まだ幼いキバゴの歌は、けして上手いとは言えるものじゃないけれど。心の底から楽しそうな無邪気な声と笑顔は、周りの空気までも明るくしてしまう魔法のように、きらきらと輝いていた。だからこそ、こんなにもたくさんのポケモン達が集まってきたのかもしれない。気づけばあたしはおそるおそると言った様子でこちらを伺っているポケモン達に声を掛けていた。


「あなたたちもこっちにおいで!」


思っていたよりも大きな声が出てしまって、何事かと思ったらしいキバゴの歌声が止まる。そうして突如訪れた静寂に申し訳ない気持ちでいっぱいになったのもつかの間、野生のポケモン達はおずおずとこちらに出てきてくれた。


野生のポケモン達とヤナップとキバゴ。さらに近くで遊んでいたはずのあたしとデントの手持ちポケモンたちまでもがくわわり、デントに合図はまだかと、そわそわとした視線をよこす。

「ふふん、こんどはあたしもみんなと一緒に歌っちゃおうかな」


「じゃあ僕も指揮を振りながらご一緒しようかな」


デントのやわらかい声色に、いつだったか彼が子守唄を歌っていたのを思い出す。またあの時のような、素敵な歌声を聞くことができる。そう考えただけでも心が躍るようだった。すると、デントはまるであたしの心の中を見透かしているかのようなタイミングで小さく微笑みをこぼす。


「それじゃあいくよー!いち、にー、さん、しっ!」


青く晴れ渡る空に。


あの時とはまた違った色の空にデントの歌声が溶けてゆく。それと同時にポケモンたちもその歌に合わせて楽しそうに体を揺らし始め、鼻歌のような歌声を溶け込ませてゆく。デントが歌いながらまたあたしに笑いかける。どうしようもないくらいに、きらきらしてた。


そうして促されて、あたしはみんなが歌っている中、すこし遅れて息を吸う。やがて紡ぎだされた音たちは、みんなの歌声のなかに溶け込んでいった。まるでみんなとひとつになれたかのような一体感があたしを支配する。幸いなことにデントが歌いだしたその歌はあたしも知っている歌だったから、行き詰るようなことも無く。


気づけばあたしも、デントも、ポケモンたちも、みんなみんな笑ってた。


みんなが紡ぐ優しいメロディーは、あの時と同じように、それでもあの時よりもたしかな力を持って、どこまでも広がり溶けてゆく。そうして更に笑顔の魔法も加わって、みんなで紡いだそれは、歌が終わる最後の一音まで、輝き続けたのでした。











こぼれる、きらめきの欠片






title:幸福







途中、みんなの大合唱に気がついて加わったサトシたちが、楽しさのあまり踊りだしてしまったのはまた別の話。