最初はぽつりぽつりと降って来た筈のものでも、それは数秒のうちに強く勢いを増したものに変わっていくものだ。つまり、私が突如頭上にふりかかってきた雨粒に気が付いて何処かで雨宿りでもしようと辺りを見回した行動は無駄そのものでありもう手遅れだったということだ。突然の土砂降りに容赦なくたたき付けられた私の身体は、1分かそこいらで全身びしょびしょになってしまったのである。


私の後ろにいるマリルは恵みの雨が嬉しいようでぴょこぴょこと元気よく跳ねているけれど、正直今はそんな喜ばしい事態ではない。私はかなりぞんざいにマリルの尻尾を引っ掴んで建物がある場所へと駆けた。出来るだけ早く、土砂降りの中を切るように走れば横殴りの雨が更に勢いを増してしまったかのように身体を叩き付ける。それと同時に雨が降った時独特の匂いと湿気が私を包み込んだ。身体が濡れる事には不快感を感じるのに雨の匂いには不思議と嫌な感じはしない。むしろ好きな匂いだと思った。


なんとか屋根の下の安全地帯に辿り着いてから、自分の服を確認すれば服は雨の水を完全に含んでしまっていたし、白いソックスは泥はねですっかり汚れてしまっていた。あーこれは洗濯するのが大変そうだ。泥のシミなんかはもう落ちないかも知れない。ポケモンセンターで洗濯をするであろう自分の姿を思い浮かべながら私は小さくため息を付いた。


自慢の帽子も今は雨のせいでぺちゃんこだ。帽子を脱いで軽く絞って見ると、染み出た水分が手を伝って落ちる。


「あーあ、もうびしょびしょだねー」


何げなく呟いて、後ろにいるマリルを見やる。するとマリルは実に不服そうな顔をしてこちらを見上げていた。おそらくはつい先ほどの、尻尾を掴んで連れ回すなんていう私の強行について怒っているんだろう。そう思って素直にごめんね、と言いながら屈んで頭を撫でてあげれば、マリルはまた嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねた。思ってたよりもあっさり許してくれたようだ。


そうしてずっとぴょこぴょこと跳ねていたマリルが、ある時不意に私の目を見つめて来た。瞳を潤ませて、何かをねだるような目。


「外で遊びたいの?」


直感的にそう尋ねるとマリルは頷く代わりと言わんばかりにそのちっちゃくて短い両手をぱたぱたと動かした。マリルのつぶらな瞳がいつも以上に輝き出した。どうやら私の直感は当たったらしい。水タイプであるマリルはそのタイプ通り水が大好きなので、この雨の中遊びたいと思うのは自然な事なのだろう。先程の事もあるからと、許可の意を込めて微笑みながら頷くと、マリルはやったねと言わんばかりに嬉しそうに跳ねて、あの土砂降りの中元気良く飛び出して行ってしまった。本当に元気だなぁなんて思いながら私は冷えた身体を温める為に縮こまるようにしてその場に座り込む。


ぴちゃりぴちゃり、ざあざあざあ。遠くでマリルが水溜まりで遊んでいる音と土砂降りの雨が地面を叩き付ける音が合わさってまるで合奏してるみたいだと思った。目を閉じて耳を澄ますと素敵な何かに聞こえる雨の音。そうしてしばらく雨の演奏会を楽しんでいると、また新しい音が加わってきた。ぱたたたた。不思議な音がする。何の音だろう。そしてその新しい音と共に足音も近づいてきた。なるべく泥はねをしないように慎重に歩いてきたその足音はどんどん大きくなって、ついに私の目の前で止まった。こんな所で立ち止まるなんて誰だろう。不思議に思った私はゆっくりと目を開けて目の前にいる足音の主を見上げた。


「…お前、こんな所で何やってんだ」


足音の主はシルバー君だった。黒い無地の傘を持っている。さっきのぱたたたという音は降り注ぐ雨がこの傘にぶつかる音だったようだ。


「何って、雨宿り」


そう答えた瞬間、吹いてきた風が冷えた身体を撫でた。寒い。勝手に身体が震えだしたので反射的にそれを押さえるように力強く自分を抱え込む。するとそれを見ていたシルバー君は元々目付きが鋭い目を更に鋭くして私に持っていた傘を押し付けた。


「寒いんだろ」


これ持って早くポケモンセンターに行け。そう吐き捨てるように言ったシルバー君は私の手に傘の柄を握らせてそのまま立ち去ろうとする。


傘差さないとシルバー君も濡れちゃうじゃん。という私の言葉も無視してシルバー君は外へ一歩踏み出してしまい。私は慌てて立ち上がり、必死に腕を伸ばしてシルバー君の服の端を掴んで引き止めた。


「なんだよ」


「ねえ、いいこと思いついたんだけど」


手に持っている傘の半分くらいをシルバー君の頭上に被せる。なんとも微妙な表情でそれを見ていたシルバー君だけれど、私が服の端を強く握って放さないのをみて半ば呆れたようにため息をついた。仕方ないなとかそんなような小言を言いながらも、しっかりと傘の柄を握ってくれた。


「マリル、行くよー」


少し離れた所で遊んでいたマリルを呼んで、ボールに戻し、2人で歩き出す。


ぴちゃん、ぴちゃん。たった一つの傘の下、私とシルバー君の足音がまた一つ、雨の演奏会に加わった。それが嬉しくて、すぐ隣りにいる彼に笑い掛けると、ふわりとした雨の匂いと一緒にシルバー君の香りが鼻を掠めたような気がした。







雨の日のにおい





title:雲の空耳と独り言+α