拍手log3(デントとアイリス)
2012/04/01 00:00

ふにゃり。そんな笑顔で彼女が笑った。彼女の口角が上がる事で動く、その柔らかいほっぺたを両手で包み込みたくなる衝動を押さえて、今日も僕はサンヨウレストランにやってきた小さな小さなお客様に最高のおもてなしをするのです。



「デントおにーちゃん!」



小さな小さなお客様は、窓際の、一番日当たりが良く尚且つ窓際から庭園が綺麗に見える席に座る。どうやらそこがお気に入りの場所らしい。そして彼女は、彼女の身体には少し大きくて高い椅子にぎこちなく腰掛けると、オーダーを取る為お決まりの接客文句を紡ごうと口を開く僕のエプロンの端をきゅっと掴んで笑うのだ。



「おにーちゃんのお庭、今日もきれいだね」



前に彼女が来店した時よりも少しばかり背丈の高くなかった草花を見て、彼女は笑う。すると、ぽたり、と窓際の草の葉から朝露が零れ落ちた。刹那、雲から差し込んだ太陽の光が朝露を照らし、光の乱反射が起きる。きらきら。自然が生み出した宝石のような輝きは、褪せる事無く地面へと落ちて吸い込まれていく。しかし窓の外で繰り広げられるそんな美しい自然のドラマは、彼女の前ではただの背景と化してしまう。



「ご注文はいかが致しますか?」



「モモンのホットケーキと、こうちゃがいいな」



彼女はいつもと同じ席に座り、いつもと同じ言葉を紡ぎ、いつもと同じメニューを注文する。そのいつもを壊されたく無くて、僕はアイリスのお気に入りの席にはお客様を回さないよう心がけていたし、庭の手入れだってより一層手間を掛けて草花達に愛情を注ぎ込んだ。勿論、さっきのメニューだって、ポッドやコーンには作らせない。僕が全身全霊を掛けて、彼女が喜ぶもの全てを生み出すんだ。



普段わがままを言う事が少ないからか、僕がホール当番なのに勝手に厨房に戻り、一つのホットケーキと紅茶を作っていても、兄弟は文句一つ言わなかった。そんな兄弟の心遣いに毎回のように感謝しつつ、僕は静かに調理器具を手に取った。



出来たての、ほくほくした2枚のホットケーキに、モモンの実を薄く切ったものを挟み込む。仕上げはモモンの実のエキスがたっぷり入ったメイプルシロップだ。甘すぎは良くないから、虫歯にならない程度にそれをかける。


そして最後にカップにいれられた紅茶の香りを確認し、ティーカップの横に角砂糖が詰まったビンを添えてから、僕はそれらをアイリスの前へと持って行くのだ。






「お待たせ致しました」



そんなお決まりの言葉を掛けて、料理を並べれば、アイリスはこの日一番の笑顔を見せて、それを本当に美味しそうに頬張る。その最後に見せる笑顔が見たいが為に、僕は心からのおもてなしをするのだ。ただ仕事中の為、アイリスが食事をしている間中ずっとその場にいることが出来ないことがとても残念だけど。料理を出し終え、その陽が当たる席から離れた僕は、いつもそう思うのだ。




帰り際、ふにゃり。そんな笑顔で彼女が笑った。彼女の口角が上がる事で動く、その柔らかいほっぺたを両手で包み込みたくなる衝動を押さえて、今日も僕はサンヨウレストランにやってきた小さな小さなお客様に捧げる最高のおもてなしを終えたのでした。