お客さんがあまり来ず、いつにも増して暇な日だった。そのため珍しくキッチンが二人同時に休憩を取る事となった。
店長いわく、他にもキッチン担当はいるから少しくらいなら大丈夫だろう、との事だった。
「佐藤くん、佐藤くん」
休憩室。テーブルを挟んで向かい合わせに座っている。正面で実に暇そうに煙草を吸う佐藤くんに話し掛ける。
「なんだよ相馬」
ふー、と煙を吐き出す。
わざとらしく咳込んでいつも以上ににっこりと微笑んでみせた。
「ねえ、キスしようよ」
まるで一時停止ボタンでも押されたのか、というくらいにぴたりと動きが止まった。
「………」
しかしそれもほんの一瞬の事で次の瞬間には煙草を持ったままの右手をしっかりと握り締め、頭上へと移動させていた。
「あ、ちょっとその握りこぶしを下ろして!あと煙草を掲げないで!!」
さすがにまずいと思い慌てて静止する。
落ち着いてくれたのか、最初から感情表現のためだけの行動だったのか定かではなかったが一応その手を降ろしてくれた。そしてまた一息煙草の煙を吸い、顔をこちらから背け、天井の方に煙を吐き出す。
「お前がアホな事言うからだろ」
「だって…最近なにもしてないし…」
少し恥じらい気味にそう言えば佐藤くんは、
「…はぁ……」
と深い溜息を吐いた。
「えっ溜息吐く程嫌な事!?」
「ちげぇよ」
否定して貰えてよかった。もしも肯定されていたら多分、立ち直れなかっただろう。
でもそれならなぜ、と疑問が浮かぶ。
「?」
小首を傾げ、事の真意を伺う様子を見せると、だいぶ短くなっていた煙草の火を消し、口を開いた。
「…ったく、せっかく人が理性保とうとしてんのに…」
くしゃくしゃと髪を掻き混ぜるような動作。
俺はにやりと笑顔を浮かべる。
「なら…する?」
「最初からそのつもりだったろ…」
ぎろりと睨まれる。まあだいたいいつもそんな感じなのだが。
「あ、バレた?」
わざとおどけてみせると、再びはぁ、と溜息を吐いていた。
「見え見えだっつの」
「いやー…そういう気分だったから、さ」
健全な男なので、と付け加える。すると佐藤くんは少し恥ずかしそうにぽつりと呟いた。
「…とりあえず、上がってから俺ん家な」
「了解」
と、立ち上がり、テーブルに手を突きそれを支えに反対側にいる佐藤くんの額に唇を落とした。