*釣革学園設定(田中視点)です*
(これ、あの人の……)
私は教室の隅に転がっていたリップクリームをポケットに忍ばせた。
自分の部屋に戻ってからさっきのリップを手にとった
。
どこにでも売ってあるそれ。
でもあの人のものだと思うと心臓が高鳴る。私は一つ呼吸をおいて、キャップを外した。
鼻を擽るメンタームの香り。それは、とてもあの人らしい。
「っは、」
つん、とどこかの奥が痛んだ。
あの人は優しい、だからこそ残酷だ。
話し掛ければ返してくれる。具合が悪いと言えば心配してくれる。
でもそれは、あの人の優しさにしか過ぎなくて。私のこのドロドロとした気持ちを知ったら、あの人はどう思うのだろう。
博識で、自分のペースを崩さないあの人。尊敬がいつから変わってしまったのだろう。
気づかなければよかった、出逢わなければよかった。
そうは思うけれど。
繰り出したリップを唇に塗るのを止められなかった。
(それはとても、)(とても苦い味がした)
Lip