銀河の片隅で手を繋ごう

どんなに着飾ったって、その言葉に意味がないことは分かってたはずなのにね。

繁華街一のホストクラブ、一番奥の席で、彼女は甘ったるいカクテルに口を付けながら、気だるそうにそう呟いた。その目は諦めを含んでいるように思えた。


「…?どういう意味だよ」
「…別に。ただ、思っただけよ」
「別にって女王サマかよ」


彼女は不思議な人だった。ホストに貢ぐ典型的なキャバ嬢や女社長みたいにぎらぎらしてなくて、凛としていた。金の支払いが悪い訳ではないが、ホストを気を引こうとして貢いだり、虚栄心のためにシャンパンを頼んだりはしなかった。ただ、静かに淡々とカクテルを飲んでいる。仲間内では作家だとか、マジシャンだとか、財閥のお嬢様だとか噂されていた彼女は、黒いシックなドレスと薄い化粧で着飾っていた。さらさらの髪の毛は彼女を幼くも見せたし、世の中の酸いも甘いもを知っているかのような表情はうんと大人びて見せた。そしてこの店のすみっこの薄暗いこの席を好み、毎回やって来ては俺を指名していた。


「髪、切ったんだ。似合ってる」
「ありがと、お世辞でも嬉しい」


俺は彼女が本気で好きだった。
だけど彼女を口説けば口説くほど、俺から出る言葉はホストが客に貢がせる常套文句のように聞こえた。それを彼女はするり、するりとかわしていく。挙げ句の果てには「ピンドンが欲しいの?」なんて言いやがる。俺が欲しいのは、高級なシャンパンでもなけりゃ、売上でも、ブランド品でもない。今、甘ったるいカクテルを飲んでるアンタだよ。
こっそり溜め息を吐いて店内を見渡せば、慌ただしく黒服たちが動いていた。相変わらず、この店は忙しい。


「なんかここだけ静かだな」
「だから、この席が好きなの」


シャンパンコールや過度に甘やかされる接客、うるさい店内を好まない彼女は何故ホストにいるのか分からない。静かに飲みたいならショットバーにでも行きゃあいいのに。決して安くはない金をホストクラブに落としていく。そんな彼女が俺に何を求めているかは分からなかった。

まるで、二人きりでいるみたい。
彼女はそう表現したが、まさにそんな気分だった。その言葉に気分をよくした俺は、テーブルの下で彼女の手を握る。


「…本気になっちゃうよ」
「なればいいだろ」
「…信用、できない」


それなら、俺の名前をやるよ。
そう言えば、彼女は俺の手をぎゅっと握り返した。その手をぐっと引き寄せて、子どもが悪巧みを企むようにそっと耳打ちをして、俺の名前を告げる。


「俺、荒船哲次っていうんだ」
「…くれるのは名前だけ?」
「アンタはなにくれんだ、名前サン?」
「私があげれるものなら、なんでも」


物欲しそうな目はきっと酒のせいじゃない。
繋いだ手と手はそのままに、こっそりと口付けを交わす。もう二人の間に言葉はいらなかった。

店の喧騒が遠くに聞こえた気がした。