お願いだから愛と呼ばせて

一般的に言われる不良である私だが、誰か人が倒れていたら助けないわけにはいかない。しかも、その人が金持ちそうな恰好してたら助けたお礼とか期待しちゃうのも人間の本性じゃないだろうか? あ、違います? へぇー、聖人君子ぃ〜。
私は聖人君子ではなかったので、刺さった包丁の具合を見ながら、酒を飲んでいないか確認した。(酒を飲んでいるとどうしても止血がうまくいかないのだ。)彼はかなり飲んでいた。しかも高い奴。くそムカつく……、と思いながらも手持ちのガムテで傷口をふさいだ。包丁はちゃんと指紋を拭きとって私のカバンに放り込み彼を担いで家の近くの小さな病院に行った。彼が起きたときに、ちゃんと私が恩人だとわかるように付きっ切りで看病した。看護師さんには「彼氏?」と聞かれたけど、「あ、違うんですよ。ただ、修羅場だったみたいで。可哀想だったんです。」と言ったら看護師さんはドン引きした顔で去った。

さて。彼から金をせびり取るためにはまずは彼のことを知らなくてはならない。さっきの修羅場発言は彼の顔がイケメンであっただけで、これでマフィアとかヤクザとかだったら私は今すぐにでも逃げなければならない。不良といっても、そっち系は怖いのだ。
財布(彼の上着に入ってた。皮製でめっちゃ高そう)を覗くと、かなりの万札。それと、保険証には諏訪洸太郎という名前。それと、もう1つ。名刺入れを発見した。中にはSUWAとブロック体で書かれており、メルアドとお店の名前。……ふーむ、彼はどうやらホストらしい。あんまりキレイな金とは言えないな。人様からせびり取ってるわけだ。
私はメモを残して、彼の財布から治療費を払って病院をあとにした。



あれから1週間。私の家であるボロアパートの前になんか男の人がうずくまっていた。このままじゃ困るし、しょうがない…。私は自前のバットを茂みから引き出してそろそろと男に近づいた。
「そおれっ!!」
つまりは、あれだ。殴って、気絶させて交番に届ければいいかとか思った。
「うおわあああああっ!? ……って、あれ!? ああああの!! おおおおお俺、諏訪洸太郎って言って!! 名字さんの看病で助かったって聞いて!!」
「あ、あの人か。お礼はもう貰ってるんで大丈夫ですよ?」
「えっ!? あ、ああ。そうか…。いやいや、それだけじゃ諦めきれん!」
「…小声で言ってるんでしょうが、かなり聞こえてますよ。とにかく、中へどうぞ。」
諏訪さんは恐怖で青白くさせた顔を一変。赤らめた頬を隠すように手のひらで顔を覆いながら「失礼します…」としゃべった。



正直に言うと、彼は私を天使とか聖人君子とか、そうゆう俗っぽい者とは無縁な人間として見ているらしい。学生の不良だ、と言っても彼はやすやすと信じるのだが、「でも、俺を助けてくれたんだろ? だったら良い奴じゃねーか!」と言い返してくる。さっきまでの謙虚さはどこに行ったんだ、と思うくらいにフレンドリーなしゃべり方。
しかし、だ。不良は良いことなんてしなくて、性格が良くないから不良なのであって彼からキラキラとする目で見られるような人間ではない。そしてお友達になるような関係でもない。ホストと非行女子高生が友達って、どんな図だよ……。
そうそう。彼は思った通りホストであった。そしてお店では6位についているらしい。微妙な順位じゃねーか、と思ったが「すごいっすね」と言ったら汗をかきながら嬉しそうに笑った。うん、かっこいい。私好みじゃないけど。


あれから。諏訪さんは家によく来るようになった。
助けてくれたお礼と言って、私の家に入っては家事をこなす。あまりにもうるさいので、ある日、私は彼が来たときに言ってやった。

「諏訪さん。来てくれるのはありがたいですが、迷惑です。」
「……。知ってるさ。そんなこと。でも、こうでもしないと俺は名前ちゃんの目に映れない。そうだろ?」
「……そうですね、それは否定できません。しかも、私は不良で、あなたを助けたのも謝礼金目当てでしたから。それでも、諏訪さん。あなたは私をいい奴と言いますか?」
「言う。」
即答、であった。
「名前ちゃんのことだ。もう知ってんじゃねーの? 俺はほかでもない、アンタに惚れてんだ。女を喜ばせて金をせびり取る、ホストみたいな男は嫌いかもしんねーけど。……。惚れちまってんだから、しょうがねえだろ?」

しょうがない。確かに、そうなのかもしれない。だけど、そんな一言で彼を許せるかというと、そうでもない。彼の愚行は色々あったのだ……。私は嫌な記憶を押し出すように頭を振った。この人と一緒にいると、私は自分が不良じゃなくて、本当はもっと善良な人間であれるんじゃないか、と思う。しかし、それは出来ない。私は不良でいようと決めたのだ。そして、不良はいいことなんてしないのだ。諏訪さんの、望むような人間じゃいられない……。

「しょうがない、の一言では終われないですよ…。諏訪さん。私は、不良です。あなたを助けて、あなたと一緒にいて。いい人間になれるかと、思いましたがそれは出来ませんでした…。」
「…不良だからって、いいことできないなんて誰が決めたんだよ? いいことしたら、評価されるべきだ。なあ、…。もう、いいじゃねえか? そんな縛られてなくてもいいじゃねえか。俺は、ホストで、いろんな女の人に愛の言葉をささやくけど…。でも、俺がホントの意味で愛し続けるのは名前ちゃんだけだ。そうだな…。不良の神様なんて、いるんか分かんねーけど。誓ってもいい。だから、なあ。名前ちゃん、いいって言ってくれよ」

諏訪さんは私を見つめて、言葉をつづけた。
アンタに駄目って言われちまったら、どうすりゃいいんだよ。



倒れている人を目の前にしたときの、私の行動はおよそ人間らしからぬ行為で救急車も呼ばないでテープ使って、しかも包丁持ち逃げして。そんな私を、彼は……。良い事だという。彼からすれば、それは愛と同じなのだ、という。
私は、そうは思わない。けど……。私は諏訪さんを結果的にでも助け、諏訪さんと過ごした日々が、楽しかったのは変えられない事実なのだ。

「…諏訪さんが、約束を守れるなら……。コイビトになる。」
「!!」
「さっきの、1番は私って…絶対だよ?」
「ああ!」
「…相互所有で、いてね…?」
「ああ、もちろんだって!!」


溢れ落ちた涙を、諏訪さんが優しく掬った。くっそ、こんな時ですらホストの本領発揮かよ……。
噛みつかれるように唇が持って行かれるのを、私はまるで他人事のように諏訪さんの顔を見つめ続けるのだった。