チームメイトの個人ランク戦のために訪れたブースで、見知った先輩の後ろ姿を見つけた私は思わず小走りでその人に駆け寄っていた。

「木虎先輩!」
「ナマエちゃん」

 嵐山隊の万能手である木虎藍先輩は優しげな笑みを浮かべて振り返り、私を迎えてくれた。木虎先輩はA級5位の嵐山隊のエースで、ボーダーの広報も行いながら後輩の私にも親切に接してくれる優しい先輩だ。オールラウンダーの木虎先輩とスナイパーの私では直接戦闘に関することを教わる機会はあまりないけれど、戦闘時での心構えとか、勉強とか、そういった面でとてもお世話になっている。

「お疲れさまです、先輩。先輩もランク戦ですか?」
「いいえ、私は――」
「木虎、その子は……」

 不意に聞きなれない声が頭上から降ってくる。慌てて木虎先輩しか入っていなかった視界を動かすと、すぐ近くに眼鏡の男の人が立っていることに気が付いた。

「あっ……すみません、お話中だったんですね。邪魔してしまってごめんなさい」
「あっいや、邪魔だなんて」
「そうよナマエちゃん、気にしなくていいわ。この三雲くんとの話よりあなたのほうが大事だから」
「ミクモ……って最近B級で大活躍してるチームの隊長さんですよね! わあ、はじめまして。私は加古隊のミョウジナマエです」
「み、三雲修です。……その、君は」
「彼女は加古隊の射撃手よ。A級にいるだけあってその腕も当然優秀。さすが私の後輩でしょう?」
「いや、射撃手なら木虎は関係ないんじゃ」
「そんな訳だから三雲くん、今日はもう帰って。私はこれから先輩として後輩の指導をしないといけないの。あなたに割いている時間はないわ」

 木虎先輩は私のような後輩には優しいけれど、同年代や年上には結構当たりが厳しい。そうして突然始まってしまった先輩たちの口論をおろおろしながら見ていると、ぐいっと強い力で後ろに引っ張られた。トリオン体だから痛くはないけれど随分な力がこもっている。戦闘中以外でこんな風に私を引っ張るのは今のところ一人しかいないから、その相手はすぐに分かった。

「双葉」
「…………」

 ああ、怒っている。間違いなく個人ランク戦の途中だった双葉を置いて木虎先輩の所に行ってしまったことが原因だろう。戦闘が終わる前に戻るべきだった。
 なぜかは分からないが双葉は木虎先輩の事があまり好きではないらしく、私が木虎先輩と話したりすると途端に不機嫌になってしまう。良い人だと思うんだけどな、木虎先輩。

「置いてっちゃってごめんね」
「……」
「うぅ、本当にごめんってば……。双葉を蔑ろにしたわけでも忘れてたわけでもないから……」
「…………」
「双葉ぁ……」
「……今日の夜」

 涙目で懇願する私を一瞥して、双葉はポツリと呟いた。

「今日の夜、あたしの部屋に来て。朝まで出さないから」
「えっ……わ、私なにされるの……?」
「分かった?」
「う、うん……」

 それだけ言うと双葉は私の手を握ってもといたブースの方へと歩き出した。木虎先輩と三雲先輩に黙ったまま居なくなるのはどうかと思ったけれど、まだ何か言い争ってるようだし、そうだとするなら私が止められるとも思えない。それに木虎先輩は次会ったときに謝れば許してくれるだろうけど双葉はそうではない。本気で拗ねたら機嫌が直るまでだいぶかかる。心の中で木虎先輩に謝りながら、私は双葉の横に並び繋がれた手を指を絡む形へと変えた。

「!」
「……だめ?」
「……好きにすれば」

 そうぶっきらぼうに言う双葉の耳は赤く、頬も少し色付いている。双葉も照れているということに嬉しくなって少し笑うとじとりと睨まれた。
 私と双葉は普通の友人の関係ではない。それを一歩超えた関係というか、親友であり、恋人でもある。加古さんには「早熟ね」なんて言われたけどそういうコトも実はしているくらいに仲も良好だ。だから、さっき夜に部屋に来るように言われた意味も分かっているし、期待半分恐怖半分の感情が私の中で渦巻いている。それに対してのちょっとした意趣返しくらい許してほしい。

「もう勝手にいなくならないでよ」
「うん。ごめんね」
「……特にあの人の所は絶対許さない」
「あの人、って……木虎先輩? 綺麗だし強いし優しいし、良い先輩なのに……」
「それなら加古さんでもいいでしょ」
「もちろん加古さんも好きだよ。美人だし強いし……でも、優しさで言ったら木虎先輩のほうが……」
「あら、そんな事を言うのはこの口かしら」
「えっ加古さ……い、いひゃいでふ」
「お疲れ様です。任務ですか?」
「いいえ、炒飯を作ったからみんなで食べようと思って迎えに来たの」

 突然背後から現れ、私の頬を摘んだ加古さんがそう言った瞬間、頬を引っ張られる程度では生じ得ない冷たい汗が背筋を流れた。
 加古さんの作る炒飯はたまに兵器と化す。成功率はむしろ高いのだけれど失敗作に当たったときのリスクが大きすぎるため、避けられるならすべてを避けるほうが無難だ。あれを食べて平気な人は双葉くらいだ。現に堤さんは二回程死んでいるし、二宮先輩には「逃げろ」と言われている。

「か、かこさん」
「ふふ、ナマエは私のいない隙に私の悪口を言う子だったのね。でも、とりあえずこの話は昼食後にして、まずは炒飯を食べましょう」

 この隊長、私を殺す気なんじゃないだろうか。加古さんの炒飯とお説教のコンボなんて生き残れる気がしない。助けて双葉。

「そういうことなら隊室に戻りましょう。でもその前にナマエの事を離してください」
「あら、ちょっとくらいいいじゃない」

 ダメだ、胃が丈夫な双葉はあの炒飯を危険物として認識していない。ついでにお説教も自分には関係ないから気にしていない……。
 だけど諦めない。どんなに絶望的な状況になろうと思考だけは止めてはいけない。もしかしたらあるかもしれない逆転の一手を探すために、なかったとしても少しでも爪痕を残すために。諦めることだけはしてはいけな、い……?

「…………っ!!?」
「ナマエは私のです」
「あらあら」

 えっ、なん、なんで双葉の顔が目の前に。しかも今唇に何かが触れ……いや、待って、ここには当然加古さんがいて、それどころか他の隊員だって――

「〜〜っ、ふ、双葉のばか!」

 加古さんの拘束から無理やり抜け出し、一刻も早く立ち去ろうと思い切り地面を蹴った。恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。一瞬だったし、加古さんの背が高いからもしかしたら誰にも見られていないのかもしれないけど、だからといって不意打ちであんなことをされて落ち着いていられるわけがない。
 目的地のあてもなくただ我武者羅に走る。人はできる限り避けていたけれど、散漫な集中力ではどうにも危なっかしく、ついに曲がり角の出会い頭に誰かとぶつかってしまった。私も反動で転んでしまったので相手もトリオン体なのだろうけれど、もし生身だったら怪我を負わせていたかもしれない。そんな事にも思い至らなかった自分の浅慮さに泣きそうになる。

「っ、こんなところを走るなんて一体だれ……あ、ナマエちゃん……?」
「木虎先輩……ごめんなさい、私……っ」
「え、な、泣かなくてもいいのよ!? ほら、私もトリオン体だったし怪我はしてないから――……ってナマエちゃん顔真っ赤よ? もしかして風邪とか引いたり……」
「……木虎先輩〜!」

 優しい言葉に感極まって、同じように尻もちをついていた先輩に抱きつく。これだ、この優しさが隊長と双葉にはないものだ。

「え、なっ、ナマエちゃん……?」
「うぅ、先輩……!」
「と、とにかく落ち着きましょう。ここからなら嵐山隊の作戦室が近いから、そこで話を聞くわ」

 宥めるように背中をぽんぽんと叩かれ、先に立ち上がった先輩が私を引っ張り上げる。その間もずっと心配そうにこちらを窺ってくる優しさにさらなる申し訳なさが積もる。でも、先輩のおかげでさっきまでの混乱は少し落ち着いた。

「……ごめんなさい。先輩もお忙しいのに迷惑をおかけして。さっきも黙って帰っちゃったし……」
「迷惑なんかじゃないわ。こ、後輩の面倒を見るのも先輩の仕事だもの。それにさっきのは三雲くんが悪いだけだから気にしないでいいのよ」
「うぅ、ありがとうございます。先輩大好きです」
「えっ、あ、も、もちろん私もナマエちゃんのことが……その、好きよ」

 可愛い後輩だもの、と続ける木虎先輩の頬は赤い。本当に優しくて頼りになる先輩だ。嵐山隊への道を手を繋がれて行きながら、私は終始木虎先輩に甘えていた。




「…………」
「ほら双葉、意地悪が過ぎるとああなるのよ。特にナマエは恥ずかしがり屋さんだもの」
「…………」
「ふふ、これに懲りたら人前では少し控えることね。さあ、炒飯を食べながら今後のナマエについて作戦会議でもしましょうか」



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -