壊れた扉を開ける、台所に出た。汚いシンクとコンロが外された跡が見える。テーブルは無いが、脚が折れた椅子がふたつ転がっていた。食器棚のようなものが倒れていて、割れたお皿やらコップやらの破片が彼方此方に落ちている。靴を履いていなかったら、此処は通れなかっただろう。一歩足を進めると、ジャリと音がした。
 そのまま台所を奥へ行くと、また廊下に出た。右には玄関があり、左には洗面所があった。私は左へ進む。白く汚れた鏡と、殆ど壊れてしまっている洗面台がある。鏡を覗き込む。汚い部分が多いが、辛うじて私の顔が見られた。久しぶりに自分の顔を見た気がする。頬や顎にも黒い染みが出来ていた。それを少し手で擦ってみるが、落ちる気配が無いのでやめた。
 お風呂場の方を見たが、そちらはコンクリートの天井が落ちてきていて、進めそうには無い。もしお風呂場があって、シャワーが使えたなら、今すぐ体を綺麗にしたいが……まあ、仕方がないだろう。

 洗面所を出て、廊下を突き進む。玄関がある。扉は無いが、玄関だと分かる。玄関を抜けると、コンクリートの廊下に出る。正面は壊れた柵が辛うじて存在しているだけで、少しでも衝撃を与えれば、その柵は壊れてしまいそうだ。柵を越えたその先は、何も無い。此処は6階のようだ。何かの間違いで柵を越えてしまったら、きっと私は死んでしまうだろう。

 右を向く。廊下が長く続いている。外からの明りで、暗くは無い、しかし明るくも無いその廊下を私は一歩前へ進んだ。

「誰か居ますか?」

 発した声は、コンクリートの壁や床に反響しながら、奥へ奥へと進んで行く。少し待ったが返事は無かった。私はそのまま足を進めた。少し歩くと階段が見えた。崩れていて不安定だが、何とか下へ行けそうだ。私はゆっくりと階段を下りた。
 コツン、コツン、とヒールの靴を履いているわけでもないのに、嫌に音が響く。暫く階段を下りつづけると、今までよりもより一層明るい場所に出た。外だ、外へ出られた。私は少し前へ走る。それから後ろを振り返った。ボロボロのコンクリートのマンション。よくもまあ、今まで此処に居られたものだ。もう一度前を向き、足を進めた。


 暫く歩くと、磯の匂いと波の音が聞こえた。海だ、海があるんだ。草が生い茂る地面をまた暫く歩いた。







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