すうっと息を吸えば、自然と鉄の臭いが鼻を掠める。眉根を寄せて、薄っすらと目を開く。何度か瞬きをして、それからもう一度目を閉じた。もう少し寝たいと考えたが、眠気はどんどん引いていく。目は閉じているが、意識ははっきりとしている。少しの間まどろんでいたらしい。それは別にどうでもいい。ただ、問題は、目を開けた先に全く知らないコンクリートの天井が広がっていた事だ。私はどこで寝ているのだろう。
 もう一度目を開けるか? いや、それは少し怖い。目を開けた場所が知らない場所だなんて、本当にそうならどうすればいいか私には分からない。ただ、さっきは寝ぼけていたのもあるから、もしかしたらコンクリートの天井はただの幻影かもしれない。あともう一つ可能性があるとすれば、ここが夢の世界だという事だけれど、その可能性は少ないだろう。だって意識ははっきりしているし、短い袖から伸びた素肌に触れるコンクリートの床の感覚が全身にはっきりと伝わってくる。……コンクリートの感覚? ああ、なら、さっきのコンクリートの天井が、私が寝ぼけて見た幻影だという可能性も少なくなってきた。
 目を開ければ、全てが分かる。しかし、それをするのが怖い。だからもう少し目を閉じたままでいよう。そして、今の状況をゆっくりと考えよう。そうだ、とりあえず昨日の晩の事を思い出そう。どこで寝たか? ……いつもと同じように、自分の家の自分の部屋の自分のベッドで寝たという記憶しかない。もし他人の家に泊まりに行っていたとしても、コンクリートの床に寝させられることは無い。
 そこまで考えたところで、そよ風が頬を掠めた。私はつい、反射的に、目を開けてしまった。


 コンクリートの天井が見える。何度か瞬きをして、それから首を横に傾ける。すると、崩れかけたコンクリートの壁、硝子の無い窓が視界に映った。窓には破れたカーテンが取り付けられていて、それが風に吹かれてふわふわと心地良さそうに靡いている。私はまた首を天井へ向けた。それから溜め息をついて、目をギュッと瞑る。心の中で十数えると、私は目を開けて上半身を起こした。
 ここは何処だろう。私は辺りを見回した。コンクリートの床。床の上には変な赤鉛筆が転がっている。コンクリートの壁。壁にはヒビが入っていて、所々は穴が空いている。そしてコンクリートの天井。天井にもヒビが入っている。部屋の隅には壊れた本棚が置いている、その横には壊れた勉強机。私は立ち上がり、本棚へ向かった。本棚は木で出来ているらしい、所々カビのようなものが生えている。本が一冊だけ残っていた。懐かしい、昔読んだことのある本だ。
 本棚の横の勉強机は壊れていて、机の上にあった筈の棚やライトが無くなっている。机の上に開かれたままの絵日記は、鉛筆の跡が随分と薄くなったり、雨でも入ってきて濡れたのだろうか、鉛筆が黒くのびてしまったりしていてもう読めない。部屋の床に落ちていた赤鉛筆を拾い、私はそれを勉強机の上に置いた。

 そこでやっと気付いたが、掌が真っ黒に汚れている。私はそのまま視線を手から自分の体へ向けた。服にも所々黒い染みが出来ていた。私は随分長いこと此処で寝ていたのだろうか。








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