辺りは真っ赤に染まっていた。夜も近いし、暗いけれど夕日の紅で少し明るく見える。陽子はポキポキと背中を鳴らした。帰宅部だって疲れるもんだ。

 自動ドアが開いて信司が出て来る。彼が持っているビニール袋の中にはキンキンに冷えたジュースとアイスが二つずつ入っている。信司はレシートを財布に仕舞うと、その財布をズボンのポケットに入れた。そこに入れたらいつかスリに遭うよって言ってるけど、彼はそこ以外の場所に財布を仕舞ったことは無い。

「炭酸、グレープとオレンジあるけど?」

 信司はそう言って私をじいっと見た。信司の目からは全く生気を感じられない。信司のこのダルそうな目は、評判が良かったり悪かったりするから不思議なものだ。

「オレンジ」

 陽子がそう言うと信司は袋から炭酸のオレンジジュースを取り出した。信司からそれを受け取ると、手がジーンと冷たくなる。感覚がなくなりそうなくらい、それは冷たかった。

「アイスは? チョコとイチゴ」

「イチゴ!」

 信司は直ぐに陽子にイチゴのアイスを差し出した。陽子がチョコを選ぶ確立は信司の中で殆ど0だった。

「じゃ、行こっか」

 陽子がそう言うと信司は静かに頷いた。
 紅く染まった道路を二人で歩く。コンビニから少し歩いただけなのに、もう人や車が殆ど通らなくなってしまった。
 右には海が見える。普段は真っ青なその海も、今は夕日に照らされて不思議な色をしていた。

 夕暮れ時、海、アイス、キンキンに冷えたジュース。そして、制服、放課後、帰宅。陽子は青春をイメージさせる単語は全て揃ったような気がしていた。

 セミが鳴いてもよさそうなものだが、その気配は微塵も無い。

「セミ、鳴かないね」

「当たり前だろ」

 信司はあのダルそうな目で陽子を見て、それからアイスを一口齧って溜め息をついた。陽子が何度か鼻をすすると、信司は先ほどよりも大きな溜め息をついた。

「信司、あのね」

 陽子が切り出す。波がブロックに当たる音が聞こえる。その音は切なく、美しい。

「信司、私ね」

 もう一度陽子が言った。信司はあのダルそうな目ではなく、いつもよりちょっとだけ真面目な目をしていた。陽子は下を向く。何だか気恥ずかしい。陽子の目にはアイスが映っていた。まだ半分以上も残っている。

「信司、私、今、すっごくさあ」

 そこまで言ったところで凄まじい風が吹き付けた。スカートがふわりと舞い、信司が持っていたビニール袋がガサガサと音を立てた。

「さ、さぶいッ!!」

 ヒートテック、カッターシャツ、セーター、コート、さらにマフラーと手袋までしているのに! 凍てつく寒さが体中を駆け巡る。血液が冷えているのだ、きっと。脳みそまで寒い。

「当たり前だろ、お前バカか」

 信司がまたあのダルそうな目で言った。季節は冬、真冬。キンキンに冷えたジュースとアイスだなんて季節外れもいいとこだ。

「それでも青春したかったんだもん」

 鼻水が垂れた。みっともない。アイスは寒いしもう食べたくない。ジュースだってもう飲みたくない。

「来年まで待てばいいだろ!」

 信司の言うことが正論過ぎてなにも言い返せない。何がセミだ! 冬なんだから鳴くわけないじゃないか! もう、私のバカ!


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