走り疲れた頃には、曽根崎の森に辿り着いていた。ジメジメとした夏の暑さに、汗で肌着が肌にまとわりつく。隣を見ると愛しい人。私はとても幸せ。
 暗闇に漂う人魂は、まるで私達を迎えに来てくれたよう。きっと人魂たちも私達と同じような境遇で、此処で心中し、この世を去った哀れな魂。彼は何度か南無阿弥陀仏と唱えると静かに涙を流すので、私も同じように涙を流した。もうふたつ人魂が見えた。彼は言う、あれは私と彼の魂なのだと。そう聞いて、普通なら生きよう、生きながらえようと引き止める。でも今は違う。私達は死を急ぐ身の上、死ぬしかない、仕方がない。ここで怖気づいてはいけない、逃げてはいけない、道を踏み間違えてはいけない。
 彼が上着の帯をほどく、私も染小袖を脱ぐ。涼しい風が吹いて、肌が冷やされる。私は袖から剃刀を出した。もし途中で捕まって、二人が別れてしまった時、私はこれで自分の喉を裂くつもりだった。使う事にならなくて良かった、二人で死ねる、それは幸せなこと。

 夫婦のように仲睦まじく同じ幹から育ち、並ぶ、松と棕櫚を見た。私達もこの松と棕櫚のように逝きましょう。そう言うと彼は何度か頷いた。
 思い出す。ここへ来る前に女郎屋の前で聞いたあの歌を。みっともない死に方は嫌だ。どうせ後に噂されるなら、今までに見た事がない心中だったと言われよう。

 私は浅黄染めのしごき帯を解いて、両方を引っ張り剃刀でそれを裂いた。哀れに、こんな使われ方をする為に作られたのではない、この浅黄染め。

「帯は裂けても、あなたと私の仲は決して裂けやしません」

 私達は服が汚れるのも気にせずに、地面にべったりと座り込んだ。そして、解いた帯で二人の体を二重、三重に緩まないようにしっかりと締める。
 帯の端を巻き終わり、お互いにしっかりと帯が締まっているかを確認する。確認してから私は彼の姿を見た、彼も私の姿を見る。

 なんだ、なんという、なんという情けない最後の姿なのだろう。どちらともなくそう言って。涙はもう止める事は出来なかった。わあわあと泣き声を上げる私達はお互いの泣き声の合間に微かに夜烏の鳴き声を聞いた。きっと明日は私達を餌食とするのだ。そう思うと、悲しくて、悲しくて。哀れで、みっともなくて、仕方がなった。

 彼と手を合わせて、お互いの両親の事を語り合う。彼の両親は既に亡くなっているが、私の両親はまだ生きている。両親を残して先立ってしまう私をお許し下さいと謝る。残される両親が不憫でたまらない。
 私の人生は、幸せだったのだろうか。零歳で生まれた時、九才で女郎小屋に売られた時。そして今、十九歳で心中をする。

 このまま話していても悲しみや恐怖が増すだけ、早く死にましょう殺して下さい。と彼に頼めば彼はまた、何度か頷いた。

 彼は懐から脇差を取り出した。さあいよいよだ。私の喉にするりと刃が当てられる。刃は何度か喉を行ったり来たりしたが、やっと場所を決め、突き刺さる。ちくり、と痛みが走り、それから生暖かい液体が喉を伝う。痛みが増し、鳥肌が立ち、息が苦しくなる。彼の顔を見ると眉根を寄せて、なんとも言えぬ表情をしている。

 私の意識がまだあるうちに、彼は彼自身の首に、私が持っていた剃刀を指した。柄が折れても、刃が砕けても構わず、ただただ深くそれを突き刺した。
 そして私はゆっくりと目を閉じる。生まれ変われば、蓮の葉の上、二人で一緒。もう痛みは無いし、悲しみも無かった。




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