あーめあーめふーれふーれもーっとふれー。とか言う歌を昔よく口ずさんでいた。俺は根っからの雨好き。だって雨の日は愛犬ペロ(ゴールデンレトリバー)の糞を拾わずに済む。散歩に行きたそうにしているペロには悪いが、俺には他にやりたい事が沢山あるんだ。
今日の俺は珍しく一人。友達は雨が嫌だからって朝からサボりで居ない。雨の日に一人で帰れるなんて、嬉しい。

昇降口に着くとよく知っている後ろ姿が見えた。あれは俺のクラスメイトの女子、言い換えれば俺の片思いの相手だ。暫くボケーっと彼女の後ろ姿を見ていたら、彼女が一歩足を進めた。俺は慌てて彼女の横に立つ。

「よお」

「お、おお……」

よお、て何だよ俺! もっといい声の掛け方があっただろ俺! 彼女の方も、何だかよく分からない返事をした。「雨だし、一緒に帰らないか」とか「そういえば家どこ?」とかいう第一声を出していたら、俺は彼女と一緒に帰れていたかもしれない。悔しい、悔しすぎる。
 何て声をかけよう、次の言葉が思いつかない。くそ……俺、やっぱヘタレだわ。

「梅雨はいいな、まったく」

「は?」

 俺の口から出たのは、すっごくどうでもいい一言だった。彼女の方は眉間に皺を寄せて俺を見てる。くっそ、見るな! 今の俺を、見るな!!
 俺は恥ずかしくなって、その恥ずかしさを紛らわすように傘を開いた。開いてから気付いたが、自分が今立っている場所は、昇降口のまだ屋根がある所。傘には一滴も雨が落ちてこない。恥ずかしい、恥ずかしすぎる。ちらりと彼女の方を見ると、まだ眉間に皺を寄せたまま俺を見ていた。行きかう通行人は俺の事を迷惑そうに見ていく。

「このジメッとした空気、雨の匂い、それに咲いた紫陽花。何もかもが好きだ」

 また恥ずかしさに、思いついたことをそのまま言ってしまった。言った後に思ったが、もう梅雨の話は止めたほうがよかったかもしれない。

「へぇ。変わってんね、アンタ」

「んだんだ、よく言われる」

 良かった、彼女、そんなに嫌そうな顔をしなかった。
 暫く沈黙が続く。俺は、一歩前に進んだ。別に、進んだことに深い意味は無い。このまま帰ってしまっても、別にいいだろうし、彼女とまだ話しても、いいだろう。
 彼女の反応を伺ったが、特に何もなかったので、俺はそのまま帰る事にした。

「じゃーな」

 挨拶も無しに変えるのは男として、ではなく人間としてどうか。俺は挨拶をするとゆっくりだが、足を進めた。
 もう少し喋りたかった、でも彼女はそうではなかったのだろう。

「待って!」

 彼女の声が響いた。驚いた、予想外だった。少しの期待を胸に、俺は振り返る。既に屋根から出てしまっていた俺の傘に、雨の雫が沢山ぶつかる。

「傘、忘れちゃった」

 彼女は俺にそう言った。
 俺は何度か瞬きをした。それから口端をほんの少し上げた。彼女の手に握られているのは、確かに傘だった。

「君が今右手に持ってるのは、傘だと思うんだ、僕は」

 冗談交じりの言い方で言ってみた。僕なんて言う自分が少し気持ち悪くなった。

「あー、これね。これ、なんか知らんけど開かないのよ」

「貸せ」

 あああ、失敗した!! 貸せ、なんて言ってしまった!
 彼女の言い分には、傘は壊れて開かないらしい。しかし、もし開いてしまったらどうしよう。貸せなんて言わずに入れてやったら、そのまま一緒に帰れたのに。開いてしまったら一緒に帰る事が出来なくなってしまう……。

 神様、お願いします、どうか壊れたまま、開かないで! そう思いながら、俺は傘の止め具を押して、銀色の棒を少しだけ奥に押した。案の定、開く。最後まで開かせないで、俺は傘を彼女に返した。

「あー、こりゃマジだな。全然開かん」

 ウソを、ついた。
 これは仕方ない、ウソをつくしかなかった。だって神様は、なんて意地悪だ。
 彼女はパッと目を開いて俺を見た

「ほれ、入った入った。家どこ? 送ってく」

「ああ、あり、がと」

 俺の隣へ走ってくる彼女に、俺は心臓が破裂しそうになった。
 やっぱり雨は好きだ。

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