ポタリ、ポタリと雨が落ちる。私は下駄箱で上靴からローファーに履き替えて、傘立てからお気に入りのピンクで白い水玉の傘を取る。
梅雨ってなんにも良いことがないなー。なんて考えて私の足は止まった。昇降口の屋根の下から、雨を見つめる。それにしても今日は随分降ってるな、なんて思ったりもする。梅雨のジメっとした空気、雨の匂い、咲いた紫陽花。何もかもが嫌いだ。
さて、帰ろう。重い足を一歩前に進めた時だった。横に気配を感じる。不意に私は足を止めて横を向いた。
「よお」
「お、おお……」
クラスメイトの男子。言い換えると、私の片思いの相手が一人でポツンと立ったいた。いきなりよお、なんて声を掛けるから変な返事になってしまった。
「梅雨はいいな、まったく」
「は?」
彼は黒くて大きな傘を開いた。ここはまだ屋根がある場所、せめてもう少しだけ進んでから開けよ……なんて事を思ったが言わない事にした。それにしても、通行人が迷惑そうに彼を見ながら去って行く。
「このジメっとした空気、雨の匂い、それに咲いた紫陽花。何もかもが好きだ」
これは意外な発見。私は目をパチクリさせて彼を見た。彼の金色に輝く髪の毛が、雨の所為か少しだけうねっている。
「へぇ。変わってんね、アンタ」
「んだんだ、よく言われる」
だろうな、と私は頷いた。そこまで話して気づいたが、これはチャンスかもしれない。片思いする私に神様がくれた、とっておきのチャンスかもしれない。
彼は何時も不良のお友達何人かと一緒なのに、今日は何故か一人。それに、私だって何時もはお友達のユキちゃんと一緒なのに今日は一人(ユキちゃんは風邪でお休み)
ありがとう、神様。ありがとう、ユキちゃん。ありがとう、不良の皆様。
私がみんなに感謝している途中で、彼は一歩前に進んだ。しまった、早くしないと行ってしまう。
「じゃーな」
彼はそういうと、どんどん、どんどん遠ざかってしまう。何か、何か……!
「待って!」
私は彼に向かって叫んだ。丁度昇降口の屋根の無い部分に立った彼は、ゆっくりと私の方を見た。
バタバタと彼の傘に雨の雫がぶつかっては地面に落ちる。
「傘、忘れちゃった」
不思議そうな顔で立ち止まっていた彼は、段々と呆れたような表情に変わった。
「君が今右手に持ってるのは、傘だと思うんだ、僕は」
わざとらしい言い方で私にそう伝えた彼。そんなの私も分かってる。この右手にあるピンクで白水玉の物が私のお気に入りの傘であることぐらい、分かってる。
「あー、これね。これ、なんか知らんけど開かないのよ」
「貸せ」
彼はそういうと私の手から傘を奪い取った。ああ、なんて残酷。朝は普通に使えていた傘、開かないなんて事は無い。私は彼から視線を外して、自分のローファーを見つめた。なんて言われちゃうのかな。思わずギュッと目を閉じた。
「あー、こりゃマジだな。全然開かん」
そんな彼の台詞が聞こえて、私はパッと目を開いて彼を見た。
「ほれ、入った入った。家どこ? 送ってく」
「ああ、あり、がと」
驚いた。あれ、私の傘は本当に壊れていたわけ? そんな不思議な事……あ、神様! 神様にお礼したから。やっぱり神様って居るんだ。
私は彼の隣へ走った。
同じ嘘をついただけ
結局彼に家まで送ってもらった。家に着いて、お気に入りの傘だったのになぁ、なんて考えながら傘を何気なく弄っていたら、普通に開いた。
彼の優しさに、ほんの少し笑った。
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20120621 伊吹