「私達はいったい何処に連れて行かれるんでしょうか」
「さあ。分からない」
真っ暗な部屋でそう呟きあった。ご飯はある、たっぷり、ある。空腹になる事は無い。水だってある、たっぷり、ある。喉がカラカラになる事は無い。
「すみません、ここ、何処でしょう」
「もうじきだ」
誰かがそう呟いた。錆びれた声。私は首を傾げた。もうじきとは何の事でしょう。私はその場に丸くなって目を瞑った。朝が来れば、きっとママが迎えに来てくれるはずです。私は家の暖かい絨毯を思い出していました。ママはとても優しくて、私を沢山褒めてくれました。最近は、お腹に赤ちゃんがいるみたいで、私は少しだけ寂しかったけど。
酷く大きな音がした。私は目を開いた。少しだけ眠っていたらしい。
「今の音は、なんでしょう」
「近づいたんだよ」
どこに近づいたんでしょうか、私達はいったい何処へ向かっているのでしょう。ガラスの向こうに時々見に来る人が居ます。私のママはまだ来ません。私はいつお家に帰れるんでしょうか。
その日からずっと変わらず私は固いコンクリートの上で目を閉じ続けました。初めてここに来てから、何日くらい経ったでしょう。5日、6日、7日? 細かいコトはもうよく覚えていませんが、とにかく沢山日にちが経ちました。早くママの所へ帰りたいという気持ちが強くなります。
今日はいつもと違うようです。いつもより、狭い部屋に入れられました。ほんの少しだけ怖くなりましたが、私はまだママが迎えにきてくれると信じていますから。
「何を行うんでしょうか」
「あなたなあんにも知らないのね」
私に声をかけたのは、ほっそりとした若い女性でした。彼女はここの事をよく理解しているのでしょうか。それなら、詳しく教えてほしいと思いました。
「ここの事、詳しく教えてくれませんか?」
「教えてあげたいのは山々だけど、もう終わるから無理かもね」
終わる、とはなんでしょう。何が終わってしまうのでしょうか。よく見ると、部屋の中の皆はとても悲しそうな顔をしています。何がそんなに悲しいのでしょう。私もママが迎えにきてくれないのは少し悲しいですが、きっといつか迎えにきてくれると希望を捨てないでいるのが大事だと思うんです。
「あなた、名前は?」
「私はコロという名前です、貴方は?」
「私はサツキ。あ、ねえ。もう始まっちゃう。でも最後に名前、聞けてよかったわ。もし生まれ変われたら、次はこんな体じゃなかったらいいのにね」
そこで私はやっと理解しました。理解したところで、部屋に空いていた幾つもの穴から空気のようなものが漏れ出してくる音が聞こえます。息をするのがどんどん辛くなってきます。周りの皆は、既に何人か倒れこんでしまっています。きっともう死んでしまったのでしょう。私は、私はママに捨てられたのでしょう。全てを悟りました。子供が生まれてくるから、私が居ては子供に害があったのでしょう。ママのパートナーさんは動物アレルギーを持っていましたから、私を快く思わなかったんでしょう。涙が止まりません、息が出来ません。死んでしまいます、止めてください、お願いします。彼等に私達の言葉は当然通じませんから、止めてもらえるわけがありません。
こんな体じゃなければ、もっと普通に生きていけたのでしょうか。もし生まれかわれるなら、犬という生き物はイヤです。どれだけ醜くても、汚くても、人間という生き物に生まれたいです。