目の前で人が倒れた。周りがざわめく中、私は直ぐに倒れた男の人に駆け寄る。

「大丈夫ですか?」

軽く肩を叩きながらそう聞く。彼からの返答は無かった。

「すみません、救急車を呼んでもらえますか?」

私が周りの人達にそう言うと、近くに居たおばさんが携帯電話を取り出した。おばさんは119番にかけると現状を説明していた。周りを見ると、見ていた若者達も携帯電話を取り出していた。もう119番には連絡したから、いいのに。なんて思いながらも私は倒れている男の人を見た。
私は次に人工呼吸を始める。こういう時にどうするかは学校の保健の授業で習っていたが、実践するのは初めてだ。やり方が確実に正しいかは分からない。しかし人の命を助ける為だ、やるしかない。

「大丈夫ですか?」

人工呼吸と心臓マッサージの合間合間に彼にそう聞いてみるが返答は一切無かった。少しだけ不安になってきた、やり方が間違っているのかもしれない。しかし、私は人工呼吸と心臓マッサージを続ける。

人間は心臓が止まってから5分も経ってしまうともし助かったとしても後遺症が残るらしい。それに、死への確立もぐーんと上がる。
救急車が到着した時に、少しでも彼が助かる確率が上がるように私は応急処置を続ける。


カシャ、と音が聞こえた。それを合図にしたように似たような電子音が幾つも聞こえる。私は不思議に思い心臓マッサージを続けながら周りを見た。
周りの人間は皆ケータイをこちらに構えている。あれは119番に電話をかけているのではない。私と倒れている彼に向けられているのは携帯についているカメラのレンズだ。
今にも命が無くなってしまう、そんな人にレンズを向けている。写真を撮ったり、ムービーを撮ったりしている。撮ったあとの写真はブログに貼られるのだろうか、撮ったあとのムービーは動画サイトに投稿されるのだろうか。私には分からないが、確かにレンズは私達に向けられていた。

「もう大丈夫よ、救急車に電話したからね」

さっき119番にかけてくれていたおばさんが私にそう言った。

「はい。ありがとうございます」

私は応急処置を続ける。シャッター音の中で応急処置をする私は、皆の目にどう映っているのだろう。滑稽な姿かもしれない。それでも私は応急処置を続けた。


暫くすると救急車が到着して彼はそれに乗せられた。救急隊員の人によると、きっと助かるらしい。安心した。野次馬共は彼が救急車に乗せられる寸前まで写真を撮り続けていた。そして、救急車が去るのと同時に野次馬も去って行った。こんなものだろうか。私は野次馬が去る瞬間に残した言葉を思い出していた。
「偽善者」確かに野次馬達はそう言った。きっとそれは私の事だ。私のしたことは偽善だったのだろうか、自分でも分からない。

ただ、偽善や偽善じゃないのは置いといて。人が倒れているのをカメラで撮り続ける野次馬達よりは私はずっとまともな人間だと言える。いつから人間達はあんな醜い心の持ち主になってしまったのだろうか。


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