「明日から夏休みだからと言って、羽目を外しすぎないように」
先生の話が終わると生徒達はザワザワと騒ぎ出した。「帰りどこよる?」とか「明日遊ぶー?」とか。きっと生徒達にとってはこの瞬間が一番楽しいのだと思う。いざ夏休みが始まってみると、別にいつもと変わらない。そんなものだ。
僕は終礼が終わった後で荷物の整理をしていた。計画的に持って帰らなかった所為で、教科書が多く学校に残っていて自分ではとてもじゃないけど持って帰られない。
「お、シン! 今日の、行けへんのか?」
茂が勢いよく僕の机を叩いた。今日の、というのは式が終わった後に数人で集まろうと言っていたことだと思う。僕はそんなの、元々行くつもりがなかったから頷いた。
「なんや、シンが行かんのやったら俺もやめ――。いや、行こ。なんか今日、斉藤が皆分のポテト奢ってくれるらしいし」
「まあ、楽しんできたら」
「おう。シン、じゃあな!」
茂が教室を出て行くのを目で見送った後に少し後悔した。どうせなら下のロッカーまで教科書を運ぶのを手伝ってもらえば良かった。僕は机の上に積まれた教科書を睨みつけた。一人なら何往復かしなければならないだろう、それはとても面倒だ。
僕が頭を抱えていると、よく知った声が教室に響いた。
「きーたがーみくーん」
嫌気が差すようなテンションの高い声。夏休み前日にあいつの声を聞くとは思わなかった。僕は机の上の教科書から教室の入り口に視線を移した。
「あ、北上君おった。一緒にかえりーましょ」
僕は断ろうと思った。すぐに断りの言葉が頭に浮かんだ。でもそれを口に出さなかった。ここは椎名を有効活用させてもらおう。いつもうるさいこいつに迷惑を掛けられているんだから、これくらいしてもいい筈だ。
「椎名、一緒に帰る」
「え? う、ん。何か今日は妙に素直」
「一緒に帰るからこれを持て」
「ですよねー」
椎名はそう言いながらも、僕の机の上にある教科書を嫌な顔一つせずに半分持ち上げた。椎名の細い指が少し可哀想だったので、僕は椎名の持っている教科書から少しだけ取り上げる。
「大丈夫か?」
「全然。北上君の方が持ってる量多いけど、大丈夫?」
「別に、そもそも僕のやから」
僕は椎名と一緒に教室を出た。廊下にはまだ沢山の生徒が残っていて、その間を僕と椎名は歩く。前を歩く椎名を見て気付いたが、あいつはまた長袖のシャツを着ていた。7月、長袖のシャツをまだ着ている奴も居るけど、そういう奴は大抵袖を捲くっているから涼しげである。でも椎名は丁寧に手首まで袖を下ろしている。見ているこっちが暑くなってきそうだった。それと、黒くて長い靴下。これも僕には理解できないことだった。黒は熱を吸収する色だってどこかで聞いたことがある、それを一々履くなんて、女子はそうとうのドMばかりだろう。
「北上君!」
僕がそんな事を考えていたら椎名に怒鳴られた。
「なんや」
「なんや、ちゃうくて。ロッカー、どこよ」
「あ、あぁ。そこ」
僕が自分のロッカーを指すと椎名はそこに小走りで向かった。そして器用に片手と片足で教科書を支えると、あまった手でロッカーを開けた。椎名の手にあった教科書は全てロッカーの中へと片付けられた。
「北上君の、かして」
言われたとおり、僕が持っていた教科書を椎名に渡した。その教科書たちも皆ロッカーの中へと消えていった。椎名は僕のロッカーを閉めて溜め息をつく
「さて、北上君。かえろ!」
椎名は僕の方を向いてそう言うとニッコリと微笑んだ。