学校に着くと一時間目はプールらしく、ちらほらとプールの道具を持って移動する生徒が目についた。僕はスクールバッグを机に置くと、その中から体操着を取り出す。そこで肩に衝撃が走った。驚いて後ろを向く、僕の肩を掴んでいたのは見慣れた顔だった。
「おはよ、今日からプールやな!」
「ああ、うん」
何故クラスのムードメーカー的な存在である彼、緑川茂が僕の友達であるのか今もたまに考える事がある。結局答えは出ないまま終わるのだが。
茂は僕の持っている体操着を不思議そうに覗き込んだ。
「なんや見学か? 体操着なんて持って」
「当たり前やろ」
「こんなにプール日和な天気無いで! あ、でも見学なら俺の腕時計よろしく」
茂はそう言うと腕についていた腕時計(凄く大人っぽいデザインで直ぐに盗まれてしまいそう)を外して、僕の腕につけてきた
「頼むで、父親の形見やから」
「嘘付け」
勿論裕也の両親はどちらも元気だ。茂は僕の肩を軽く叩くとナイスツッコミ!と大きな声で言った。学校をつまらないとは思うが、茂と一緒に居るのをつまらないと思ったことは一度も無い。
「さ、行くぞー」
茂が歩き出したので、僕も体操着を抱えてその後を追った。
更衣室までの道を歩きなら、茂が口を開いた。
「プール、女子見放題やな」
「見いひんわ、アホ」
茂は頬を膨らませると小さな声で「嘘付け」と言った。僕は女子に興味が無い、女子の水着姿なんか見てもなんとも思わない、それは嘘ではなくて事実だ。
暫くすると更衣室に着いた。皆が水着に着替える中、僕は体操着に着替えた。そして、茂よりも先に更衣室を出てプールサイドに向かう。
プールサイドに置いてあるベンチに腰掛けた。屋根が付いていて日差しを防げるようになっている。
「きーたがーみ君!」
聞き覚えのある声、僕は思わず耳を塞ぎたくなった。顔を上げると椎名優里が立っている。彼女は水着ではなくて上はカッターシャツに下はハーフパンツという奇妙な格好をしていた。
「なんやお前」
「えー、もう忘れたん?」
「椎名優里。何しに来た」
「何って、体育の授業。北上君も見学? 私もやねん」
椎名はそう言ってニンマリと笑うと僕の隣に座った。僕は椎名と距離をとるために少し右に移動する。すると椎名は僕と距離を詰めてきた。僕はまた右へ寄ったけど、その度に椎名は距離を詰めてきて気付けばもう右に寄る事は出来なかった。
「何で見学なん?」
「知らん」
「自分の事やのに?」
「……」
ウザイ、ウザイ! ここまで人をウザイと感じられたのは久しぶりだった。助け舟が欲しい、素直にそう思えた。
「シン!」
丁度前方から声が聞こえた。僕は直ぐに顔を上げた。茂だ、茂が水着姿で立っていた。思わず歓喜の声が出そうになったが抑える。
「誰やねんその子! あ、もしかしてお前……かの」
「ちゃうわ」
彼女という最悪のワードが出る前に茂の言葉を遮った。こんな女とカップルになるなんて最悪だ、絶対に有り得ない。
椎名を横目で見るとニコニコして茂を見ていた
「あ、俺は緑川茂」
中学生とは思えない挨拶の仕方だ。茂は椎名に向かって左手を差し出している。椎名は一瞬戸惑った表情を見せたが、次の瞬間には直ぐに笑顔になっていた
「私は椎名優里! 緑川君、よろしくね」
「茂、でいいよ。優里、でいい?」
僕は溜め息をついた。気持ちの悪い馴れ合いが僕のすぐ隣で行われている、吐き気がした。茂はモテる、だから椎名もきっと直ぐに茂の事を好きになるだろう。チラリと横を見ると椎名と茂は握手を交わしていた。
2人の手が離れると椎名がこちらを向いた
「北上君!」
「……」
「握手をしよう!」
そう言って右手を差し出す椎名。僕は呆れた顔で椎名を見た。視界の端で茂が笑うのも見えた。
「ほらシン! あーくーしゅ」
茂が僕の左手を掴んだ、そして椎名の右手と合わさる。椎名はニッコリと微笑むと「よろしくね」と言った。なんだ、これは。