椎名が少しジュースに口をつけた。それから、不思議そうに僕を見る。
「そういえば、北上君は?」
眩しそうにこちらを見上げる椎名を少しだけ見て、顔をそらした。セミの鳴き声がまだまだ煩い。
「僕はいらん」
「熱中症になるで、はい」
はい。その言葉とともに、椎名は僕に林檎ジュースを差し出してきた。たとえ僕が今、物凄く喉が渇いていたとしても、このジュースを手に取るはずが無い。
「いらん」
「冷たくて、美味しいのに?」
いくら冷たくて美味しくても、椎名が口をつけたソレを、僕が貰うなんて。
チラリと椎名の手にあるジュースの缶を見た。キンキンに冷えているのだろう、缶の周りに水滴がまとわりついている。
「イヤ?」
別に、僕は嫌じゃない。潔癖症じゃないし、椎名が嫌いでもないし、椎名の事を汚いとも思わない。女子との間接キスというのは、やはり少し抵抗があるものだ。
少しだけ悩んで、僕は椎名からジュースの缶を受け取った。そして、それに口をつける。
冷たい感触が喉を通っていくのが分かった。暑さの中、冷たさと甘さが丁度良い。
「美味しいやろ」
「ふつう」
そういったやり取りをしていると、バスが来た。僕等の前で止まって、扉が開く。
「水族館行きって、これ?」
椎名がそう言って僕の袖を引っ張った。
「これ」
今から行く水族館には、丁度二年前くらいに行ったことがある。四ヶ月程前に、改装したらしい。きっと前に行った時とは殆ど違う外装や内装になっているだろう、と、期待している。
バスに乗り込んで席に座る。バスの席はいつもの距離よりも近くなる。椎名が窓側に座ったので、僕は通路側に座った。
バスに揺られて5分程が経った。横に座る椎名はこくりこくりと首を傾ける。随分早起きしたのか、眠たそうに瞼を擦った。
「眠ったらええんちゃうか」
「アカンよ、北上君と一緒やのに、寝られへん」
「別に、僕は気にせえへんけど」
「じゃあ、ちょっとだけ」
そう言うと椎名はゆっくり目を閉じた。水族館まではまだ時間がかかるし、構わないだろう。
そっと椎名の方を見る。やっぱり、女子は睫毛が長いと思う。
椎名の肩が規制正しく上下しているのを確認して、僕は窓に目をやった。
いつも見ているタンク山がどんどん小さくなってゆく。学校が、どんどん離れていく。遠い所へ行くのは初めてではないが、いつもこうして初めての時のようなワクワクとした気持ちになる。
流れていく景色を見ていたら、何故か瞼が下りてきた。眠気が段々増してくる。このまま寝てしまおうか。なんて思ったけど、寝過ごしてしまったら、なんて事を考えるとやはり眠れない。しかし、この瞼は、どうしても……。
そう考えているうちに意識は段々遠のいていった。