「そういえば、一緒に帰るの、初めてやんな」
セミの鳴き声が妙に煩い。耳に残るその音。僕の額を汗が伝った。今日はいつもより暑い気がする。ジリジリと照りつける太陽はどうも加減を知らないらしい。僕の家までの坂道はとてもしんどい。
「登校の時お前が勝手についてきたことはあったけどな」
「北上君が無視した時やろ。今も根に持ってるから」
椎名はそう言うと僕をギロリと睨みつけた。発言した言葉の最後があまりに低い声だったので僕は驚いた。でも椎名は直ぐにニッコリと笑う。その笑みで冗談だと気付く。
「冗談に聞こえへん冗談を言うな」
「え? そう? 上手かったかなー。女優になれそう?」
椎名はヘラヘラ笑いながら額の汗を拭った。僕と同じように、椎名も薄っすら汗をかいている。
「女は、焼けるの嫌なんか」
「何を焼くの?」
「肌や」
椎名は小さく「あぁ」と漏らした。
「そりゃあ、白い方がいいんちゃう?」
確かに、肌が白い女の子が好みだと言う男は大勢いるだろう。しかし中には、日焼けをしていて元気そうなスポーツをやっている活発少女を好きになる男だっているから、断定は出来ない。
「北上君は? 白い方が好き?」
「僕は……」
僕は椎名を見た。腕は見えないけど、手の甲は随分白いし、手の平や指も白い。顔も白いと思う。それと、スカートと靴下の間、ほんの少しだけ見える足も随分白い。
「白い方が好きや」
「うんうん」
椎名は何度も頷いた。椎名は白い、別に病的な白さじゃなくて……綺麗な、白だ。僕はよく人に、青白いね、とか顔色が悪いよ、とか言われるから。椎名の健康的で綺麗な白さは羨ましい。
「やっぱり北上君って白い方がいいねんな!」
「……まあ男は大体そうちゃうか」
椎名はメモを取るような動きを見せた。さっきと考えが変わってしまった。まあ、色黒女子が好きな男子は少数だろう。
「そういえば」
僕から口を開けば、椎名は喜んだ表情で僕を見た。僕の次の言葉をワクワクした表情で待っている彼女は犬のようだ。
「椎名の家は何処や」
「北上君の家よりも、もーっとむこう」
「もっと具体的に」
「北上君の家の奥の田んぼのむこうの柴犬のキナコが居る家のむこうの公衆電話のむこう」
「分からん、覚えられへん」
「じゃあ別に覚えへんくていいんちゃう?」
「そうか」
上手に流されてしまった気がしないことも無かったけど、気にしない事にした。自分がハテナと思った事を一々気にしていたら、人生きりが無い。なんて事を随分前に茂が言っていたのを思い出した。
暫く歩いていると僕は家に着いた。
「じゃあね、北上君」
「うん」
椎名と別れを告げた後に、僕は家の中に入った。直ぐに二階にある自分の部屋へ移動する、そしてそこの窓から椎名の後姿を眺めた。さっき言ってた、椎名の家の場所。田んぼのむこうで……柴犬…………、忘れた。まあ構わない、別に。