ぶうん、と機械音が響いた。風呂上がりの濡れた髪に風が当たって、頭がひんやりとする。私のそう長くない髪に手が侵入するのを感じた。



「もうちょっとちゃんと拭いてこいよなー。ポタポタしてる」

「水も滴るいいオンナ、てね」

「どの口が言う」



私は床に座り、彼がソファの上から私の髪を乾かす。この時間がすごくすきだ。髪を乾かしてもらうという行為自体がすき。完全に乾くまでドライヤーの機械音を聞いていると、いつの間にかうとうとしてしまうのはいつものことだ。パチンと音がなり、静寂が部屋を包む。眠くて眠くて目が開かない中コードをぐるぐると巻きつける音が聞こえて、終わったんだなあとぼんやり思った。彼の腕が後ろから伸びてきて首に巻き付き、頭に顎が乗る。終了のサイン。



「寝ちゃうの?」

「んー、眠い」

「だめー」



彼は私を叩き起こし、ソファへと座らせた。このソファ気持ち良いんだってば、余計眠くなる。寝かせるものかと言わんばかりに私の方へ手が伸びてきたはいいものの、キスなんかされたらやっぱり眠くなる。寝かせたいのか寝かせたくないのかどっちなんだ。



「ねえ、今何時?」

「……十一時」

「ふうん」



なんでこんな関係になったかなんて忘れた。私たちが付き合い始めてちょうど一年。あと一時間で、ちょうど。世間の恋人たちにとって大切なその記念日も、私たちの場合大変残念ながら祝われることはない。最初から決まっていたことだ。髪の毛を乾かしてもらった私は、あと一時間もしたら何事もなかったかのように半同棲だった生活に終止符を打ち、この家を出るのだろう。



「明日まで何しよっか」



そう言いながら私の頬を大きな手で包み込み、また唇が重なる。何しよっかって、決まってるくせに。いつの間にか口内に侵入してきたものをとりあえず追いかけ、呼吸が辛くなったところで鼻づまりに気づいた。



「ね、俺のこと好き?」

「それは言わない約束」

「俺さ、お前が」

「だめ」

「…好き」



鼻づまりと格闘しながらも、しばらく夢中になってキスをしたあとの発言だった。何を言う。一年前に約束したじゃないか、好意を示す言葉はお互い使わないようにしようと。じゃないと、うっかり本気で愛してしまうかもしれないから。まったく、なんでこんな歪んだ恋愛ごっこなんて始めてしまったのか、もう覚えてない。嘘。覚えてる。だけど、一年の契約を交わしたんだ。それは一日でも、一秒でも過ぎてはいけない。少しでも緩くなれば、ずるずると長引いてしまうから。これは決して長引くことが許されない契約なんだ。それも一年前にしっかりと確認した。なのにこの男は、契約終了の十分前に何を。そんな悲しそうな目をして、何を。



「契約違反だよ」

「そだね」



しゃべると唇が触れてしまうほどの距離で会話をする。途中途中でキスをしてくるから、なかなか会話が進まない。時計をちらりと見た。長針が短針に重なる。もう時間がない。キスから抜け出せない。抜け出したくない。後頭部にはしっかりと彼の手が。ああ、頭がくらくらする。



「ねえ、」

「ん?」

「一年が三百六十五日だなんて誰が決めたんだろうね」

「…ね」



長針は短針を追い越した。







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偽りの愛が終わりを告げると同時に、世界の崩壊が始まりを告げた

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