「…………」



夢を、見た



「俺……?」



初めてちゃんとした夢を、見た。場面が鮮明に浮かび上がる。でも何の夢か分からない。目が覚めてくると同時に、だんだんと夢の記憶が薄れていく。扉を叩く音が聞こえた。



「おーい、入るでー」

「……」

「あれ、いつ起きたん?」

「……」

「ひっでえ顔、寝過ぎなんとちゃう?」

「……」

「…リューネ?」









―16








困った。オレの言動にリューネが反応しない。ありえない。声をかけるにかけれないオーラがあたりを包み込んでいて、どうしたらいいのかさっぱり分からない。茶化す雰囲気じゃない。おかしい。



パチンパチン
「はい起きたんなら起きる!どんだけ寝たら気ィ済むん、お前は」

「え……サイ?」

「なんや」



茶化す雰囲気じゃなかろうとなんだろうと関係ない。オレにシリアスな空気は耐えられないんだ。こいつだけ異空間にいるような錯覚と、焦点を合わせようとしていない目。そりゃ顔の前で手も叩きたくなる。



「どしたん、寝汗なんかかいて」

「……夢、見た」

「夢?なんや、悪夢でも見とったんか」

「なんか今あんまり思い出せないけど、すんごい鮮明な夢だった…気がする」

「まあ夢なんてそんなもんやで、起きたらすぐ忘れてまう」



何の夢を見たかなんて知らないけど、聞かないけど、きっと壮大な夢だったんだろう。なんせ三日間も寝てたんだから



「いっ……!え、何これ何この包帯、ミイラみたい俺」

「覚えとらんの?」

「何を?」

「単独任務から帰ってきた思たらひっでー怪我で、意識もないし」

「…単独任務」



何のことか分からない、そんな素振りだった。あの日、駿桐事件の生き残りと会った駿河家跡地へ事後視察に行っただけなはずのリューネはなぜか全身打撲と大量出血を引き連れて帰ってきた。任務終了の数週間後、周辺地域に何か変化はないかなどの調査・確認をしに事後視察をしなければならないわけたが、視察というくらいだから普通かすり傷一つしないで終わるはずだ。見てくるだけのその任務でいったいこいつは何をやらかしたというのか。オレはすぐさま現場へ確認に行ったが誰もおらず、争った形跡もなく、目撃証言もなかった。何があってこんな大層な怪我をしたのか、本人から聞かなければ一ミリも分からないというのに覚えていないときた。



「寝過ぎで忘れたんとちゃう?何日寝こけてた思っとんねんお前」

「え、そんなに?」

「三日やで、三日」

「三日!?」

「その間オレが書類書かなあかんかったんやで!判子専門やのに!」

「や、それはざまーみろだけど」

「おい」



だいたい、話者が怪我することなんてほとんどないんだ。一人で何百人と戦ったり、他の話者と喧嘩するんでもなきゃな。特に話者の中でも一位二位を争う強さのリューネが何で、ああもう!考えれば考えるほど分からん!



「こんな怪我久々にしたなあ」

「したなあ、やないわ!誰にやられたとか、ほんま何も覚えてへんの」

「うむ!」

「お前なあ…しかもその傷で、どーやってここまで帰ってきたん」

「…確かに」

「…まさか覚えて」

「…ない」

「…はあ、」



まあリューネ死んでなかったし、なんか元気そうだし、庁の情報も流れてなさそうだし、いいか。犯人分かったら殴り込みに行こう。利息付きで。



「サイ」

「ん?」

「…ありがとう」

「は?何や気持ち悪い」

「三日間、寝てなかったでしょ」

「…ね、寝てたわ!爆睡やで、お前の顔見なくて済んで快眠やったわほんま最高な三日間やったしまたお前に毎日会わなあかん思うと髪の毛が爆発しそうや!じゃあな!」

「…はは、もう爆発してるっての」







優しさは時々でこそ価値




バタンと鳴るドアの先へと消えていったサイを見送ってから、机に置かれた湿布と包帯に目をやった。サイにありがとうなんて、ちょっと寝過ぎたかもな



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