「長、駿河と桐原でございます」



何度来てもつまらない庁舎の最上階。今日も今日とてやっぱりつまらない。庁長室と高官の仮眠室とエレベーターしか無いし、三百六十度夜景でも見渡せるならまだしも、このフロアには窓が2つしかない。言わずもがな庁長室にでかいのが1つと仮眠室に小窓が1つ。なんだろう、とりあえずくまのプーさんの人形でも置いてみたらどうかな

俺とサイが、長の「マヨネーズとケチャップならどちらが好みだ」という問いに「両方」と声を合わせて答えると(なんとなく不服)、庁長室の自動ドアが開いてかたくるしい庁長服が見えた。いつも思うけど、この扉別に自動じゃなくても良くない?こんなとこに自動ドアつける金あんなら、そうだな、くまのプーさんと愉快な仲間たちの人形で最上階が賑やかになるんじゃないかな、うん



「長、マヨネーズとケチャップ前も言われたことある」

「オレなんか四回目や、そろそろレパートリー増やしたらどうなん?意味無いで」

「…減給」

「えええ何で!」



長のデスクの上には、一年前に撮った俺らの集合写真。つっけんどんな長もなんだかんだ言って俺たちのこと大好きだよなあ、と思うと笑いそうになってしまう。もちろん減給は嫌だから実際は必死で真顔だけどね!ただ、写真に並んで写る綿貫とサイが怖い。なんせ一人は両目がサラサラの髪の毛で覆われ、もう一人は片目がチリチリの髪の毛で覆われている。目が隠れてるのって、怖い。そのチリチリ片目野郎は本日、いつにも増してチリチリくるくるだ。なぜならさっき股間を蹴られた仕返しにサイのアイロンを真っ二つに折ったから!はっはっはざまーみろ



「長、俺らもう三回連続なんだけどこれペアかえらんないの?」

「せや、こいつと連チャンは辛いわ」

「残念だが今回ばかりは無理だ、お主らでないと意味がない」



長はその細長い目で俺たちを凝視した。どうやらサイのアイロンぶっこわして満足してる場合じゃあ、なかったらしい



「駿桐事件について、進展があった」









―7








「ユーラ先輩!通報入りました!」

「また神隠しー?」

「いえ、今度はβ型傷害事件が2つ…両方とも北東の町です!」

「だめだ、今綿貫さんしかいないから…第三部隊にとりあえず…いや、…あああもうめんどくせ!ラズ!勝手にやっといて」

「ええ!?困りますよ先輩!わからないですー!ちょっと、せんぱーい!!」



…ありえない!何なんだこの量あたしとラズで対処しきれないし本当何なのこれ意味わかんないこれお昼ご飯食べ損ねた!くそ、誰かパスタでも持ってこい!



「ぶあ、やっと落ち着きましたよ…何なんですか一体」

「あたしが聞きたいわ」



午前中から神隠しやら傷害事件やらの通報が立て続けに入りまくってる。それも傷害事件なんか全部きれいにβ型。α型なら一般社員に行ってもらえるけど、β型は組織絡みの暴力沙汰だから危険すぎて行かせられない。それに当たれるのは話者か戦闘班。最初の何件かで戦闘班第一部隊と第二部隊に行ってもらっちゃったから、今来た残りの数件を第三部隊と綿貫さんでどうにかこうにか、やるしかない。無謀だ。しかもあの駿桐事件が関わってるかもしれないらしいから、どれもないがしろにするわけにはいかない。無謀だ。リューネとサイがいればなんとかなったけどあいつらうっかり任務行ってるしな!他の話者もこういう時に限って中期任務出てるしさ、あーもう、面倒くさいからあたし行っちゃおっかなあ



「どうしますか、北北東の2件と東の1件をまとめて行ってもらえばどうにかできますけど。あとは方向が逆なので」

「西側多いもんね、そしたら人数的に東の3件綿貫さんに行ってもらう感じ?」

「そうなりますね」



綿貫さんこないだ長期任務から帰ってきたばっかで、少し休んでもらいたかったんだけど。申し訳ない、物理的問題です、すいません。連絡します。………あ、大丈夫ですか?本当すいませんありがとう!さすが綿貫さん、つべこべ言わず二つ返事とは(任務以外は別として)人が出来てる!



「ところでユーラ先輩」

「ん?」

「神隠しって何ですか」



一段落したところで、ラズがあたしの前にコーヒーを置きながら聞いた。きれいな前下がりボブヘアーが視界に入る。



「…は?え、あんた知らないで仕事してたの?」

「神隠しって言葉から一般的な連想はできますけど、ここでの定義は何も」

「まじか」

「まじす」



あたしの前のソファに座ったラズは、まじまじと凝視してくる。待て、そんな見られてもあたし説明するのとか苦手なんだけどなどうしよう。いやそこまで複雑なことでもないんだけどさ



「あんたの考えてる通りだと思うよ、うん」

「私のイメージだと、山奥に迷い込んだ鈴木さんがある一本の松の木を境に消えてしまうという感じですが」

「鈴木さん誰!」

「違うんですか?」

「いや違うとかの前に、え、何でラズの中でそんなに限定されたシチュエーションなのいったいあなたにとって鈴木さんは何なの」

「鈴木さんって神隠しに遭いそうだなあ、と」

「(だめだ理解出来ない…!)ええと、あのね、この国で起こってる神隠しってのは鈴木さん以外の人も松の木とか関係なくそこらへんでいきなり消えること」



自分じゃ見たことないけど、噂じゃ本当に突然消えるらしい。あたしの所属する管理部の後輩社員は、学校帰り一緒に話してた友人が目の前で消滅したと言っていた。半ば信じられないことだけど、実際中央庁の一般社員のほとんどは神隠しによって家族友人をなくし、その真相を突き止めてやろうという人たちで構成されてる。もっとも、神隠しを直接見てるわけじゃない人は集団誘拐だと思ってるようだけど



「その集団誘拐の線はまったくないんですか?」

「らしいよ、上の方の人が言ってた」

「そしたら神隠しなんて、ほんとにミステリーじゃないですか」







神隠し




長は言ってた、お主は神隠しに遭わない人間かもしれないと



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