黒紫色の恐ろしいオーラを放つ少女は、指で受け止めたフリスビーを俺に向けてぶん投げる。恐怖により動けなかった俺の頭上五センチのところを通り過ぎ、彼女の手によって完全に凶器と化した遊具は、背後の壁にめり込んだ。


……フリスビーが、めり込んだ









―2








「さあリューネくん、お話を聞こうか」



ユーラは登場時から崩さない満面の笑みを張り付けたまま、俺の前へとゆったり歩いてきた。名乗り出ろと言ったくせにどうやら犯人は分かってるようだった。さすがユーラ。…も、……こわ



「すいませんでした」

「一体何をしていたのかな?」

「すいませんでした」

「一体、何をしていたのかな?」

「すいませんでした」

「ここは誰の管轄かな?」

「すいませんでした」

「なんでフリスビーなんか投げてるのかな?」

「すいませんでした」

「一週間甘いもの禁止」

「ノォォォォン!!」



やっぱり笑顔で放たれた言葉に、俺は冷や汗を流した。一週間禁止って…!死刑宣告以外の何ものでもない、糖分命な甘党歴十七年のこの俺が!糖分禁止って!ああもう、無理、完全に生きていけない。ええ、どうしよう…!



「ユーラー!おはようのチュぶふぐぉ」

「寄るな変態あんたもメシ抜きがいいの?」

「うそん!オレ一日でもユーラの作ったメシ食えんかったら死ぬで!」

「あらそれは残念ですわさようなら」

「冷たーい!……リューネ?」

「とーぶん…きんし……」

「泡吹いとる奴初めて見たわ」



サイとユーラがもはや日課となった痴話喧嘩みたいなやり取りをしてるけれどもいや、今俺はユーラにくそめそ言われるサイを嘲ることなんてできる状況じゃない。いつもの俺なら、そらもちろんここぞとばかりに便乗してサイに野次を飛ばしまくるけどね!

ああ、ユーラ様様の命令は絶対だからなあ、本当に一週間禁止なんだろうなあ、そうですユーラ様様様の管轄であるこのフロアでフリスビーなんぞ投げていた僕が悪かったんですああそうですともそうですともよ!



「ったくもう、じゃれ合ってる暇あんなら任務のひとつやふたつ行ってこい野郎共」

「ユーラは口の悪さ直したらどうなん」

「………」

「ごめんなさい、やんのかコラ表出ろみたいな顔せんといてください」



若干微笑みながら文庫本片手に俺らの様子を見ていた綿貫が、床にぶっ倒れて放心状態の俺に近づいてきた。うわお、綿貫下から見るとめっちゃ怖い。キラキラと光るシャンデリアが上から光を落とすもんだから、俺からは綿貫というよりなんか黒い塊に見える。黒い。



「リューネ、大丈夫ですか」

「……らめ」

「ほら起きてください、ポッキーあげますから」




そう言ってポッキーを一本口の中にぶっ刺し、俺は担がれて机まで戻った。とりあえず座る。真っ黒な綿貫の背景には、まだ攻防線を繰り広げてるサイとユーラがいた。初めはユーラを止めに入ったりしてたもんだ、サイ顔だけはいいしユーラの好みでもあるんだけどまあ、性格がな。うん。サイの女好きがなくなればユーラの態度はもっと優しくなるんじゃないかなあ。俺の楽しみがなくなるから全然今のままで問題はないけど



「全く仲がいいですねえ」



単行本を持ち上げながら綿貫が言った。や、誰と、誰が



「あなたたちですよ」

「前髪切った方がいいよ、絶対」

「はは、よく言われます」



バッチリ見えてるんですよ、そう言った綿貫の前髪と目が合った。

茶色がかったストレートの長髪に、二重でぱっちりした目。ここへ来たときの何よりもの衝撃はそこでハサミを振り上げてる女の子の、容姿と中身のギャップだけどね。いったいユーラを教育したのは誰だ



「ベタベタベタベタ触んな暑苦しい!」

「そない言ってー、ほんまは嬉しいくせに」

「え、何?永眠したい?」

「照れてもーてかーわいー」

「よーしてめえ、歯食いしばれ」



十年間、阿呆のサイは懲りる気配もなくユーラに構ってる。シカトしないだけ、彼女もそこまでサイが嫌いなわけでもないんじゃ……ないかな、きっと。なんか向こうの方で逆さ吊りにされてる男がいるけど。ちょっと同情。ユーラは黙ってればかわいいのになあ、と思う







リレントレスな制裁




黙ってれば、ね!



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