マヨイノモリ



「道案内をしてくれる・・・・・・わけじゃないのね」

 アリスは一人ごちながら歩いていた。

「どれくらい歩けばいい、とか、曲がり角に注意、とかあるでしょうに」

 見目麗しい少年ではあったが、あまりの不親切さにアリスは不満を呟かずにはいられない。

 祖国ではそのような不親切がまかり通っていたし、不満を言っても仕方がないのはアリスも分かっていた。

 しかし祖国とはあまりに違う世界で、初めて貴族兎以外の人物に出会ったアリスは、もっと何かを話したかったという思いを不満に換えてぶつけてしまう。

「ここが不思議の『世界』? あたしの夢は、もう覚めてるっていうの? この世界は、なんでもありのワンダーワールド?」

 もっと色々な質問に答えてほしかった。もっと色々な言葉を聞きたかった。それはアリスのわがままだろうか。

 アリスの心配通り、道をしばらく分歩いたところで分かれ道に差し掛かった。そして見付けた看板には・・・・・・。

『左、帽子屋の家 右、三月ウサギの家』

 少年は何も言わずに去った。どちらへ行けばいいかも言わずに去った。

 ここでアリスは思い出す。貴族兎の言っていたあの言葉。

−−『三月』に会ったらよろしく頼むよ!

「貴族兎・・・・・・『三月』って人も、ウサギなの?」

 ウサギというのが名前のヒトなのだろうか。話は通じるヒトなのだろうか。本当にウサギだったらどうしよう。それより、足が鉛のように重い。まぶたがひとりでに閉じようとする。

「もぅ・・・・・・だめ」

 アリスは道の真ん中にダイブした。

************

 ちょいちょい。
 肩あたりを突かれる感覚がする。
 ちょいちょい。
 ほっぺたを突かれる感覚がする。
 アリスはその不思議な感覚に目を開いた。

「あ、生きてた」

 ぼんやりとしたシルエットが見える。人の姿だ。それから帽子を被っていて、そこからはウサギのような長い耳が・・・・・・。

「みみっ!」

 アリスは腕をついて跳び起きた。そして帽子の上から出ている耳を思わず掴む。

「ぎゃ!」

 ウサギ耳の人物は、蛙の潰れたような声を出し、アリスの頭にチョップをくらわせた。

 クラクラとした頭で、ようやくアリスはその人物があの貴族兎でないことを悟った。よくみたら体つきだって細く、服装もカジュアルで、耳以外は彼と似ても似つかない。

「いまどきの子は怖いなぁ、挨拶がてらまず耳を掴むの? わたしは毎回チョップで挨拶しなきゃなんないの?」

「ごめんなさい、ちょっと寝ぼけてて・・・・・・」

 アリスが頭をさすりながら人物を見た。短くさっぱりした髪、男の子のような溌剌とした声だが、体つきもくるっとした瞳も女の子っぽい。

「あたし、アリスっていうの。今、『貴族兎』を探しているんだけど、あなた知らない?」

 アリスは少女に問い掛けた。少女はその言葉を聞いた瞬間少しだけ目を見開いたが、すぐに笑顔に戻って「・・・・・・知らないなぁ」と答えた。

「じゃあ、『三月ウサギ』さんは? 貴族兎が言っていたの、『三月を見つけたらよろしく』って」

 少女は何故かぶるるっと震えたが、「知らない知らない」と首を振った。

「この看板にある『三月ウサギの家』の方向に歩けば、三月ウサギに会えるわよね。そしたら貴族兎に会わせて貰って、この世界が何なのか聞かないと。
 あたしの夢なら起こして欲しいし、異世界なら家に帰してほしい。とにかくこの世界から早く出して欲しいの」

「・・・・・・」

 次第に饒舌になるアリスを淋しそうに見つめながら、少女は黙ってアリスの独白を聞いた。そして、区切りのついたところである一つの提案をする。

「帽子屋の家においで」

 看板に書いてあった名前。この道の左手にある家。

「そこにいるのは『知識』。知識と呼んで構わない程のヒト。彼に聞けばわかるはずだ。その、貴族兎よりも」

 少女はすくっと立ち上がると、地に手を付けたままのアリスを見下ろし、言い放った。

「先に行ってるね。この左側の道をまっすぐ。いい? よそ見をせずにまっすぐ行って。そのあと門が見えてくるから、そこを抜け、家をノックしておいで。途中惑わされそうになっても、とにかく行き先を言い続けるの。いい?」

 行き方を教えてくれた。
 生き方を習った気分だった。

 先程どれだけ寝ていたか知らないが、未だに足が鉛のように重い。軽やかな彼女のフットワークには付いていける自信はない。しばらく落ち着いてからゆっくり向かおう。

 アリスは不意に涙が零れそうだったがすんでで止め、とにかく頷いた。

「じゃ、『帽子屋の家』で」

 立ち去ろうとする少女にアリスは尋ねた。

「な、名前! あなたの名前はなんていうの!」

 少女はとっさに「さ・・・・・・」と言った後困った顔で、

「名乗る程の者ではございません。が、あえていうなら、『ネムリウサギ』かなっ」

 と、のたまった。アリスは素直に「ネムリウサギね・・・・・・」と口に出し、それを確認した『ネムリウサギ』は笑顔で立ち去った。

 少女が立ち去った後、アリスはゆっくりと立ち上がり木に寄り掛かった。

行き方がわかると生き方もわかるみたい。

 アリスの小さく呟いた声が、風に流された。


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