キミトノデアイ



 再び少女が目を開くと、常に暗雲の立ち込めていた祖国と違い、空には原色を筆で滑らしたような『青』が広がっていた。

 森を森たらしめる草の一枚一枚がぴんぴんと立っており、みずみずしさが美しかった。

 アリスは一瞬自分がどこにいるのかがわからなかった。

 とっさに、かつてブランコに乗った時に感じた、あの空の近さや特有の浮遊感を思い出したが、身体がブランコの鎖と板に従っているという安心感はそこにはない。

 アリスは周りを見渡し、そして理解した。自分が宙に浮いていることを。

「きゃあ!」

 アリスの手足をばたつかせる抵抗も虚しく、身体は重力に従って草村に着地した。

 幸いにも草のみずみずしさのおかげでクッションが効いた為、尻餅をつきながらもたいした痛みは感じなかった。

 アリスは無造作に生えている草の上にへたりと座り込む。

 必死に肩で息をし、草についている露が足にかかってひんやりとした。それが今の彼女には心地よい。

 祖国はいつ降るか分からない雨に欝陶しささえ感じていたというのに。

「ここは、どこ?」

 誰に言うわけでもなく、アリスは一人呟く。まだ心臓が早鐘を打っているが、この空間への不安は全くと言っていいほどなかった。

 ただの夢にしては現実的過ぎるとしても、所詮自分の想像世界であるという安心があるからだろう。

 アリスは足場や周りを確認しながら立ち上がった。

 広がった視界から、すぐそばに草の軽く手入れされている『道』と呼べそうな場所があることに気づいた。

 アリスはゆっくりとその『道』の上に立つ。

 『道』はアリスの左右に続いているが、どちらに行けば良いのかも分からない。標識も見当たらず、アリスは途方にくれる。

(これは本当にただの夢? 現実世界の私が目が覚ますまで続くラビリンス?

 こんなにみずみずしい草木を、私は見たことない。なのにどうして想像できるの)

「・・・・・・ここは、一体なんなの?」

 誰に言うわけでもなく、アリスは再び呟いた。

「ここは不思議の世界」

「!」

 背後から聞こえた返事の声に、アリスははっと振り返る。

 そこにはアリスと同じくらいの年の瀬の少年が佇んでいた。

 少年はパーカーのフードを目深に被り、ポケットに手を入れながらゆっくりとした足どりでアリスの方へ近づいてくる。

「ここは不思議の世界」

「フシギノセカイ?」

 少年の言葉をアリスはオウム返しに尋ねた。

 ニヤニヤと笑いながら少年はアリスの方へ歩み寄る。アリスの手の届く距離まで近づくと、少年は足を止めた。

「ここは不思議の世界。夢の世界。何かが起こり何も起こらない不思議の世界。何も起こらないのに何かが起こる夢の世界」

 アリスは訳がわからず黙るしかなかった。そんなアリスを見て、少年はますますニヤニヤと笑う。

「君はこの世界の住人ではないね。あの貴族兎のせいか。あいつの掘る道は迷宮への入口だ」

 『貴族兎』の響きにアリスはぴくりと反応する。

「貴族兎・・・・・・あなた、あの白い兎のことを知っているのね?」

 一歩踏み出しながら言うアリスに少年は笑いかける。

「知っているかと問われれば、知っていると答えよう」

 そして『道』の端に立つと、アリスの右方面を指差した。アリスも自然そちらの方を向く。

「この道をずっと行くと、そこに家がある。もしかしたら、いる、かもな」

 相変わらずニヤニヤと笑う少年に、アリスは不安そうに顔を向けた。

「そこに彼の家があるのね?」

「俺は嘘は言わない」

 アリスはありがとう、と少年に微笑むと、体ごと少年の指差した方向へ向いた。

「これから彼に会って、私を夢から覚ましてもらわないと。早く私の『日常』に戻りたいわ。あなた親切なひとね。名前を教えてくれない・・・・・・?」

 アリスが少年のいた場所に顔を向けると、既に少年の姿はなかった。

 ただ一陣の風が、アリスの髪を掻き撫でていった。


[ 24/26 ]


[*prev] [next#]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -