パーカー服と機関銃



 あるところに、一人の少年がいました。

 彼の名は『眠りネズミ』といいました。

 彼はいつも眉間にシワを寄せ、気に入らないことをそのままに出来ない性格でした。

 ただ、彼には一つ、好きなことがあるのです。

 それは、美味しいクッキーを焼くことでした。

 普段はつっけんどんな彼でしたが、昔戯れで焼いたクッキーが思いの外『三月ウサギ』にウケ、あまり表情豊かではない『帽子屋』が「ほぅ」と言いながら、紅茶と共にクッキーに手を延ばす姿を見てしまいました。

 それからは、彼は少なからずやる気が出てしまい、今では生地から中にいれる木の実まで、自分で素材を探しに行くのでした。

 今日の『眠りネズミ』は、クッキーの材料である木の実を取りに来ています。

「これはどんな味だろ・・・・・・うげっ、まずっ!!!」

 新しい木の実はいちいち味見をして、ノートに味や形をメモします。使えそうな木の実は帽子屋の書斎の図鑑で調べます。図鑑でも見たこともない木の実は、自分で名前を決めたりもするほどです。

「青色の四角い実はゲボマズ・・・・・・っと。色は綺麗なんだがなー。染色とか出来ねーのかな。こっちのはケーキ作りに最適なのに」

 左手に籠を、右手をあごにあててブツブツと呟く彼は、きわめて怪しい人物でした。

「『マシンガントーカー』がブツブツブツブツ、なーにやってんだか」

「うがっ!」

 彼は背後からした突然の声に驚きました。

「てめーは・・・・・・!」

 『眠りネズミ』は背後を見て叫ぶと、籠とノートをおっぽって逃げ出そうとします。

「まてまて、忘れもん」

 その一連の動作を予測していたかのように、背後の人物は彼の頭を後ろからガシッと掴みました。

 『眠りネズミ』は走ってみますが、掴まれている力が強くて全く前に進みません。土埃が虚しく風に流されました。

「ほらほら、お前の大事なノート忘れてるぞ。なになに・・・・・・『白薔薇に囲まれていたあの娘は、今頃どーしてんだろーなぁ。あー会いたい会いたい』」

「そんなこと書いてないだろーがっ!!!!」

 顔を真っ赤にして叫ぶ彼に、ニヤニヤ笑いで答える少年。今日は黒いパーカーを頭に被った少年は、『チェシャ猫』といいました。

「ったく何だよ!!! オレの時間はオレのものだ!!! 邪魔すんなっ!!!」

「りょーかい。じゃあ邪魔しないように黙って見とくわ」

「そっちのほうがなお邪魔だー!!!」

 いちいち反応を返す『眠りネズミ』が楽しいらしく、『チェシャ猫』はニヤニヤ笑いを絶やしません。

「最近は周囲に楽しいことが増えて退屈しないねぇ。お前も、こんなに頻繁に外に出ることなかったじゃん」

「ったく、うるさいなぁ! ここしばらく茶会に客が多いから、クッキー生地の消費量が激しいんだよ! あのぼそぼそ喋る人形娘の食べる量半端ねーし!! それに、てめぇの『楽しい』はヒトを馬鹿にするってことだろ? オレは馬鹿にされるのは嫌いだ!! つまりてめぇが大嫌いだー!!!」

「奇遇だなぁ、俺もだ。だから俺も、遠慮なくお前をいじれるってもんだ。さっきのノートの続きは何だったっけ? 『白い薔薇の似合う彼女・・・・・・』」

「嗚呼、所詮お前は道端の石ころ。天高くそびえ立つ凜とした薔薇には届かない・・・・・・! だが、その短い手でも、土で汚れた指でも、延ばせばいつか届く! 大丈夫! 彼女はいつでもお前のそばにいるのだ! そう、まるでいつも私のそばで全てを見守る聖女笑みを浮かべる『三月』のように!!!!!!」

「・・・・・・って何でだー!!!?」

 眠りネズミは叫びました。

「なんでこのタイミングでお前が来る!!?」

「よ、『白兎』。奇遇だな」

 さわさわと草むらを掻き分けてやって来たのは『三月ウサギ』が大好きな『白兎』でした。

「む、お前は『チェシャ猫』ではないか。そこの小さいのは『眠りネズミ』か。こんなところでコソコソと恋話など、男の風上にも置けん!! 好きなら好きとはっきり言わんか!」

「あ〜、またうるせーのが来たっ!!! 会う度にチビチビしつこいっての!!!」

「一番声量でかいのはお前だがな」

 『チェシャ猫』のもっともな発言は無視されました。

「む、こんなことをしている暇はないのだ! もうすぐ『三月』が散歩がてら自分の家に向かうだろう! では2人とも、さらばっ!」

 こうして、『白兎』はいつもどおり騒ぐだけ騒ぐと瞬く間に去っていきました。

「・・・・・・ホントあいつ疲れる」

 『眠りネズミ』のつぶやきに、

「安心しろ、それには俺も同意見だ」

 とさすがの『チェシャ猫』も苦笑しながら言いました。

「しかも正論ぶつけてきやがって・・・・・・」

「・・・・・・」

 珍しくしおらしい『眠りネズミ』にどうしたものかと、『チェシャ猫』もしばらく沈黙します。

 そして、『眠りネズミ』は落とした籠を取り上げ、『チェシャ猫』に手を出しました。

「ノート返せ。もう帰る」

 元気なさ気にそう告げられ、『チェシャ猫』は持っていたノートを素直に『眠りネズミ』に手渡しました。

 と。

「・・・・・・歌だ」

「は?」

 『チェシャ猫』が突然あさっての方を向いて言いました。『眠りネズミ』には訳がわかりません。

「お前何を言って」

「・・・・・・ふぅん。結構上手いじゃん」

 『眠りネズミ』の言葉に耳を貸さずに、『チェシャ猫』はニヤリと笑いました。

 そして、「じゃ、ノート返すよ。また遊ぼーなー。あいつによろしく」と言いながら、『チェシャ猫』は去っていきました。

「・・・・・・」

 おいてきぼりを食らった不思議な気分で、『眠りネズミ』は立ち尽くします。何が何だかわかりません。『眠りネズミ』は眉をしかめながら、ふらふらと歩き出しました。

 風が心地良く吹いてきて、『眠りネズミ』は「ふあぁ」と欠伸をします。

 そして、聴こえてきたのは・・・・・・誰かの歌でした。

 その眠りを誘うような、誰かの腕で安心できるような、全てをさらけ出して泣けるような、そんな歌でした。

 その歌声に引き寄せられて、『眠りネズミ』は出会います。

 そこにいたのは、その歌声の主は・・・・・・それからの話はまた別にあるようです。

 実は、眠ってしまった4人の木の上で、しばらく心地良さそうに目をつむっていた『パーカー服の少年』の存在は、全く知られていません。




End.


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