ある晴れた日のこと



 それはある晴れた日の、帽子屋の家の庭での出来事でした。

 いつものように帽子屋が庭先でお茶を飲んでいると、いつものように三月ウサギがアリスを呼びだし、いつものように眠りネズミがクッキーを焼いて来ました。

 つまり、結局いつものように4人の茶会が始まり、和やかな時間が流れていたのでした。

 すると、庭に生えている一本の木がフルフルと震え出しました。木の根が盛り上がり、ヒトが出て来たではありませんか。

「あのヒトは・・・・・・っ」

 アリスが小さく叫ぶと、三月ウサギが蒼白の顔で言いました。

「し、白兎・・・・・・、なんであいつがここに・・・・・・っ!」

 白兎と呼ばれたヒトは、はじめ彼女たちに気付かず、木に向かってしゃべりだしました。

「全く! せっかく先回りして『ほゆほゆのあずまや』で三月のスキップ姿を拝もうと思っていたのに、こんな辺鄙なところに出しおって! ・・・・・・おや?」

 ぷんすか顔でいた白兎は、三月ウサギセンサーで察知したのでしょう、顔をクルンと右へ向け、あっという間に破顔しました。

「三月ーーーーぅ!!!!」

「ちょ、何で!? この空間は鍵がないと来れないんじゃないのっ?」

 三月ウサギが叫びながら駆け出しました。

「おやおや、三月は照れ屋だなぁ。嬉しくってあんなに跳びはねて!」

 白兎は嬉しそうに追いかけます。

「ちょと、貴族兎さん!」

 アリスは探していた人物に会えたことに安堵し、白兎に声をかけました。

 アリスが三月ウサギの家に住んでしばらくが経ち、三月の案内で近辺を探してみましたが、貴族兎(名を白兎と知ったのは最近です)に出会うことはなかったのです。それが三月ウサギの故意によるかはいささか不明なのですが。

 ともあれ、アリスは念願の白兎に出会うことが出来ました。

「この間は、よくもあたしをここに連れ出してくれたわね。三月ウサギに『よろしく』って伝えておいたわよ。ダメ元で言っておくけれど、あたしを元の世界に帰して!」

 アリスは、この世界に来てから彼にずっと言いたかったことを伝えました。

 白兎は考えるように足を止め、言いました。

「すまないね、お嬢さん。私は君を巻き込んでしまったようだ。ただ・・・・・・ちょっと君に見覚えがないのだが、帽子屋邸のお手伝いさんかなにかかな?」

 むっきー!

 何かが爆発する音がしました。三月ウサギがみると、アリスは鬼の形相で白兎に詰め寄ります。

「誰のせいでここにいると思っているのー!」

 ところが、とうの白兎は素知らぬ顔で、「三月ーー!」と言いながら走り出します。アリスは白兎を老いかけ、三人は一列になって庭を駆け回っていました。

 そのまま三月は庭から出て行き、それに次いで2人も去って行きました。

「マジで意味わかんねー」
「モテるヤツは辛いねぇ」

 ふてくされ顔でクッキーに手をのばしていた眠りネズミは、横からした突然の声と言葉がハモり、びっくりしました。

「て・・・・・・てめ、猫っ!」

 今度はチェシャ猫の登場です。眠りネズミの天敵であるチェシャ猫は、いつも通りのニヤニヤ笑いで眠りネズミの隣に座っていました。

「しばらくぶりですね、チェシャ猫」

 珍しく声を出した帽子屋にも、チェシャ猫はニヤニヤ笑いで答えました。

「あんたも相変わらずだな。分厚い本を肴に紅茶三昧の日々。はー、退屈だねぇ。あ、ネズミ。俺にも紅茶用意して」

「誰がするかー! てか、お前も貴族馬鹿兎も何でここに来られるんだよ!! ここは鍵がないと来れねー場所だろ?!」

 チェシャ猫はやかましい眠りネズミに顔をしかめながら、

「あいつはホントの偶然だろうよ。ここは時間の狂った空間。来ようと思ってもなかなか来られる場所じゃない。まあ、俺は例外だけど」

 と言いました。

 そんな会話をしているうちに、また三人が走りながら帰ってきました。その後ろに数人が付いて来ています。

「なんだぁ、ありゃ双子じゃねーか、その後ろもなんかいるぞ」

 実は、走り逃げながらも三月ウサギが知人みんなに声をかけていたのでした。

「帽子屋の家で茶会するよー、よかったらおいでー」

 こんな感じで。

「ほらっ、みんな座っといて! 眠りネズミ、クッキー追加で! 白兎が止まらないとわたしは止まれないけど・・・・・・っ!」

 三月ウサギは走りながらみんなに席を示し、眠りネズミに指示を出しました。

 さすがのアリスは、ノンストップで走っていたので、席に着いて一息を入れます。

 それからのまあ賑やかなこと! 普段は帽子屋一人が和むはずの庭に、沢山のヒトが集まりました。

「ネズミー、さっさとクッキーと紅茶追加しろ」
「オレに言うなっ! 自分でやれっ! ほら、三月もてめーらも手伝えよ!」
「ネズミは召し使いなんだよ!」
「僕らはお客さんなんだよ!」
「だからー、私もそっちに加わりたいんだってー!」
「わ・・・・・・ワタシ・・・・・・手伝おう・・・・・・か・・・・・・?」
「三月ーーーーっ☆」
「眠りネズミ、あたしお湯と紅茶葉持って来るね」
「だー! 白兎くーるーなー!」
「砂糖もついでに頼みます」
「何だよ鏡人間!! つまりオレだけ黙ってこき使われろってことかよ!」
「あの・・・・・・ワタシ・・・・・・手伝い・・・・・・ます」
「砂糖はたっぷりが美味しいんだよ!」
「クッキーは塩味が美味しいんだよ!」
「あんたの細腕じゃあんな大量のクッキー持って来れないって」
「あ、アリス、砂糖は二番目の棚の中ねー!」
「あらあら、何だか楽しそうだわね」
「とりあえずその人形置けよ」
「おや、これまた珍しい方がいらしたものです」
「三月ウサギー、二番目って右からー、左からー?」
「だー!!!! 俺がやるから余計なことするなっ!」
「すぐに出発するだわよ。『彼女』にお届けものがあるのだからね。あら、このクッキーおいしいわ。お土産に貰って行くだわよ」
「三月ーーーーーーっ!!!」


 アリスの知らないヒトも沢山登場してきましたが、アリスはあまりの忙しさに名前を聞くどころか話をすることもできませんでした。

 ただ、

(どうしよう・・・・・・すごく楽しい)

 アリスはちょっぴり、この世界にずっといたいと言ったヒトの気持ちも分かる、と思いました。しかしその思いは誰にも言わずに、心にしまい込んでおきました。


おしまい


[ 17/26 ]


[*prev] [next#]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -