濃紺に星 ( 3 / 3 )
「触るたびに、お前にハマっていった、けど、それじゃダメだ」
表情は窺えない。その分、研ぎ澄まされた聴覚がすべての音を拾う。先生の心音まで聞こえてきそう。
それほど、集中していた。
「お前が、汚れるから」
弱々しいその声も、逃すことなく耳を通過する。
授業中の気だるげな声。
部活中の鋭い声。
二人でいる時の、極上の低い声。
こんなに覇気のない声は、初めて聞いた。
「…汚れる、か」
ぽつり。
それは俺の声だった。
汚いとか美しいとか、そんなこと、考えたこともなかった。考える余裕なんかなかった。
真っ直ぐに、好きだった。
「…覚悟決めなよ、先生」
テーブルを動かして、俺と先生の間に隙間を作る。その隙間を、自らの身体で埋めた。
ここでようやく、先生は顔を上げる。
ひどく久しぶりに、この距離で見つめあった。
「俺はもう、先生がいないと、幸せになれないんだから」
先生の肩に腕を回して、静かに、先生の唇を塞いだ。この一瞬に、触れられなかった間の想いを、こめた。
唇を離して、視線を絡ます。
「…お前」
「…何」
「バカだろ」
「ば、バカじゃねーよ!」
なのに先生は真顔で雰囲気をぶち壊しやがった。本当の本当に真剣だった俺は思わず、キレた。
その瞬間、先生はクスクス笑い始めて。
「…彰太」
どくん。
高鳴った。
名前を呼ばれて、こんなにドキドキしたことなんてない。
先生の大きくて男らしい手が、俺の頬を滑る。
「…ありがとう」
先生の優しくて低い声が、俺の鼓膜に染みる。
触れ合いはたくさんあった。
けれど心は遠く離れていたんだ。
それが、ようやく、結ばれた。
俺が待ちわびたのは、この瞬間。
─…濃紺に星。
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