表裏の紫 ( 3 / 3 )
「…お前、いつもこんなに早く来てるのか?」
ボールが山積みになったカゴに手をかけた時、また、先生の声。
今度は、感心したような。
「うん、もちろん!」
よいしょ、とカゴの脚を支えて段差を越える。ギシリ、と呻いたカゴの中で、ボールが揺れた。
「だってさ、その方がいっぱい練習できるじゃん!」
俺が早く来て準備して、部活が出来るように整えておく。先輩たちが来たら、すぐに始められるように。
そうしたら、ロスタイムが減る。
少しでも長く、ボールに触っていたいから。
「…ちびのクセに、頑張るんだなあ」
すると先生は、呆れたような、馬鹿にしたような言い方で、笑った。
…そりゃあ、俺の身長、160cmあるかどうかも怪しいけれど。
「ちびでも関係ないね!」
ボールを一つ、カゴから手に取る。
もう、人の居なくなった体育館に、ボールをつく音だけが大きく響いていく。
いち、
に、
さん、
踏み込んで、跳んで、
シュート。
ボールが手を離れてから少し遅れて、パスン、と軽い音を立てて、ボールはリングに吸い込まれていった。
「好きなモノは、絶対に譲りたくないから」
ニイッ、とびきりのスマイル。
バスケは俺の趣味で、特技で、生き甲斐。
どうせなら、誰よりも上手くなってみたいんだ。
遠くの方で、だん、だん、とボールが静かに弾む音がした。
「……そうか、」
「それに俺、毎日、学食の牛乳飲んでるし!前におばちゃんが言ってたんだけど、ここの卒業生で、入学してから牛乳飲み続けて、20cmも身長伸びた人が居るんだってさ!凄くない!?俺、そしたら180cmとかいっちゃうよ!!」
「…いや、ソレは無理だろ」
「む、無理とか言うな!!」
…また笑われた。
本当に俺、先生に笑われてばっかりな気がする。
そう思ってちょっとムッとしてたら、先生の手がのびてきて。
「…頑張れよ、少年」
俺の頭を、くしゃっと撫で付けた。
顔を上げたら、先生は何だか凄く優しい笑みを浮かべていて。
…あ、これ。
先生が、キスする前の顔。
いつも、こうやって微笑んだあとに、ちゅーされるんだ。
「…せんせ、」
そう思って、目を閉じ、
かけた。
…あ、れ?
だけど。
先生はそのまま、真っ白い白衣を翻して、行ってしまった。
…なんで?学校だから?
むしろ学校でしかキスしてない。
人目につきやすいから?
じゃあ、あの顔はなに?
「せんせ…?」
俺が放ったボールは、とっくに弾むことをやめて、広い広い体育館のフロアに、ぽつんと佇んでいた。
───…表裏の紫
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