夢を見た。酷く冷たい夢を。
目覚めれば、そこは眩しいくらいの白だった。
sleeping boy
視界を遮る皮膚をも通り抜け、直接 眼球に突き刺してくるような光を感じ、重い重い瞼をゆっくりと開けた。
そこには何もなかった。
ただただ、終わりのない白だった。
「…やっと起きたか」
気だるげな低い声のした方にゆっくりと首だけをぐるりと動かし、見つめた。
青みを帯びた黒い髪の、渋い顔をした男が真っ白い椅子に腰かけている。
はあ、と深いため息をつき、近づいてきた。
「…俺が、分かるか?」
ぱちぱち、まばたきしてみる。
「…………凛、ちゃん」
「ちゃんは余計だ、馬鹿」
そうだ。
顔に似合わず可愛らしい名前のこいつは、うちのエース。動きやすさ重視の戦闘服姿の奴が多い中で、よれたスーツを身に纏うのはこいつだけだ。しかし、恐ろしく冷たく、強い。それに、何度か仕事で組んだこともあった。忘れるわけがない。
「…っとに、馬鹿な真似しやがって」
むくり、上半身を起こしてみる。
簡素ではあるが純白のベッド、シーツのような薄く真っ白い布が掛けられた下には、自分の身体があった。
上半身の至るところに管が繋がっているが、胴体があるし、腕があるし、足もある。
なんだか不自然に感じてしまうくらいに、呼吸もできていた。
…そうだ。
「…………衛…」
じわりじわりと、少しずつ脳裏に蘇る光景。
冷たいコンクリートを染める赤い血痕、濃紺に散らばる星々、それらを反射する鏡のような水面。
水面に堕ちていく俺と、衛。
衛の弱々しい声。
衛のくたびれた笑顔。
衛、衛、衛。
「衛は!?」
思わず凛に掴みかかった。ぷつん、いくつか管が抜けたが気にはならない。
「…落ち着け、」
「落ち着けるワケねーだろうが!!」
「落ち着けと言っている!!!」
物凄い怒号と力によって振り払われた。ベッドに背中を打ち付ける。思わずきっと睨み付けた。
「計画に失敗した挙げ句、身投げなんかしやがって、恥を知れ。偉そうに喚くな。」
「…じゃあ何故、生かした」
吐き捨てるように凛が言う。
もう、自分は死んだものだと思った。
むしろ衛と死ねるなら本望、くらいに思った。
なのに、生きている。
組織が救助し、ここまで治療したとでも言うのか。
「……俺が、生かしてやったんだよ」
ネクタイを緩めながら、凛はまた深いため息をついた。
「…こんなところで貴重な人材を二人も失うのは惜しいからな…本当に、上は頭が固くて困る」
「…二人、」
「……向かいの部屋だ。まだ目を覚まさないが、命に別状はない」
ずるり。
一気に力が抜けた。
二人とも生きている。
衛が、生きている。
死んでもいいと思った。
けれど。
「………ありがとう」
やっぱり、生きていて、よかった。
やっとの思いで立ち上がって、身体中の管を抜く。一応、凛に許可を取ったが『身体を覚醒させる為の微弱なエネルギー波を流していただけ』なそうだ。
下半身は、ウェットスーツのようなものに包まれていた。
真っ裸じゃなくてよかった。
そんなアホな感想を抱けて、よかった。
生きているからこそ、だ。
「…ただし、」
ぺたり、ぺたり。
大理石だろうか、裸足で歩く床は冷たい。
「暫く昇進は無しだ。報酬も減額。」
すれ違いざまの凛の言葉に足を止める。
地位?
カネ?
そりゃあ、無いよりはあった方がいいに決まってるよなあ。
けれど。
「…俺には、衛がいればそれでいいんだ」
振り返って、ニッコリ笑って言ってやった。凛は不味いもんでも食ったような顔をしてた。
ぎい。ドアがうめく。
どうやら俺は、生きる意味というものを、見つけてしまったらしかった。
=====
真っ白い部屋の真ん中に、ベッドがひとつ。俺が眠っていた部屋と同じ間取り、同じレイアウトだ。
ベッドの上に寝かされた、その男。
ゆっくりと、近づく。
「………衛」
耳をすませば健やかな寝息でも聞こえてきそうな、穏やかな顔。
頬に触れると、あたたかかった。
生きている。
閉ざされた瞼も、すらりと形のいい鼻も、引き結ばれた薄い唇も、とてもいとおしく感じる。
いつも近くにいて、誰よりもお互いを理解し、かたい絆で結ばれていると思っていた。
失いかけて、改めて衛の存在の大きさを思い知らされた。
「…いつまで寝てんだよ、このねぼすけ」
伝えたい。
生きてて良かったな、って。
やっぱりまだ死にたくねえな、って。
もっとたくさん、愛してやりたい、って。
「はやく、起きろよ…」
甘い甘い口づけを、交わした。
王子のキスで、目を覚ます。
sleeping boy
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lamentの続き風。
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