愛情の薄い家庭で育ってきた。
本当に幼い頃は、普通のどこにでもいる家族だったとは思う。家族で出掛けたり、美味しい食事を皆で囲んだり。幸せだった。
しかしだんだんと、両親は俺から目を背けるようになった。
気付けば、仕事のために殆んど家には居ない。たまの休みに顔を合わせた時、テストで100点をとったと言っても、徒競走で一番になったと言っても、誉めてはくれなくなった。
幼い俺は両親からの愛情をあきらめた。
顔をあわせても形式的な会話を交わすだけになり、最終的には会話もなくなった。そんなんだからもちろん、家族という繋がりは無に等しい程に磨り減った。
中学は親の目の届かないような遠方の学校に勝手に決めた。親も特に何も言わない。問題はなかった。今思えば、あてもなく愛情を求めていただけなのかもしれない。
友達は比較的すぐに出来た。どちらかと言うと、優等生よりも落ちこぼれに好かれた。授業はサボったし、今は止めたけど煙草も酒もやった。毎日男女入り乱れて騒いだ。セックスもこの頃覚えた。
毎日楽しかった。
けど、中身はからっぽだった。
平気で仲間を裏切る奴もいたし、彼氏彼女をぐるぐる回してた。
くるくる手のひら返し。そうしないとすぐに独りになってしまいそうだったから。
高校に入っても同じ。違ったのは、中学の時の仲間は一人もいなかった。俺以外のツレはみんな馬鹿だった。進学校を選んだのは、なけなしのプライドだったのかもしれない。
女には困らなかった。自分の顔が整っていること、それなりのテクニックがあることは理解していた。そのうち、男相手でも構わないようになった。
俺を好きだと寄ってくる奴は沢山いた。だけど好きだと思える奴は今まで一人もいなかった。

好きだと思いたくなかった。
たとえ両想いでも、いつかきっと相手は俺を見なくなる。それなら、最初から結ばれなくていい。

嫌われるのが怖かった。



『あんたなんか大嫌いだ!』

それなのに。
真っ正面から嫌いだと言われたのは初めてだった。俺に説教する奴は初めてだった。何より不思議だったのが、嫌いだと言われて、嫌な気はしなかったこと。
興味が沸いた。奴は、俺のような人種は好かないらしかった。とは言うものの、俺に心が揺れているのも丸見えだった。
奴を知りたい。奴を独り占めにしてみたい。
そう思い身体の関係をすべて断った。こうでもしなきゃ奴は応じないと思ったからだ。
しつこい奴もいたが、取り巻きは案外あっさりと離れていった。あんなに好きだ好きだと寄ってきたというのに。拍子抜けしたと同時に、心の片隅で密かに自嘲気味の笑みを溢した。

…ほら。
所詮そんなもの。

愛なんて。
脆くて脆くて。
簡単に壊れてしまう。

『好きだったよ』

……ほら。
そうやって、過去形にするんだ。
いつかは俺を置いていく。

『キス、したい』

…それなのに。
声が震えているのは何故。
涙が溢れているのは何故。

俺に触れようとするのは、何故。



『とうさん』
『かあさん』
『さんすう、100てんだったよ』
『うんどうかいのれんしゅう、1ばんだったよ』
『せんせいにも、ほめられたんだよ』

『…とうさん』
『…かあさん』



…似ている。
……あの頃の俺に。

大好きな人に、自分を見てほしかったあの頃の、俺に。

吸い寄せられるようにキスした。真っ直ぐな瞳が俺を見る。

引き返すには、もう遅い。
その純粋な目に応えられるほどの綺麗な心は、幼いあの日に置いてきた。

いつか壊れるかもしれない絆を、壊れないと信じ続けられるほど、俺は強くないから。

『充、頼む』



すべてを投げ出した。


........


「…すき」

…なんて。
えらく久しぶりにその言葉を使った気がした。
今の俺には重すぎる。
だけど、なんだか心地よいような気もする。
好きだと告げることすらしたくなかった以前とは、確実に変化している。

…俺はまた、誰かを愛せるのだろうか。

「…おれも」

また裏切られるかもしれない。
俺を愛してくれなくなるかもしれない。

それでも。

…一度くらい、夢を見ても許されるだろうか。

俺の目の前に現れたこいつが、俺を愛し、俺に愛される、かけがえのない存在になることを。



黒く濁った俺の心に淡い光が灯った、17の春の日。






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