脱け殻。
一言で言うなら、暑い夏の木の幹にしがみつく蝉のそれ、だ。
体育祭を間近に控え浮かれ始める同級生をよそに、朔哉がなくなった俺の日常はからっぽだった。

「…大丈夫か?」

そんな折。
ベランダで黄昏に浸る俺に無駄な茶々を入れる男が一人。無論、そんな輩など一人しかいないのだが。

「…うっせ、こっち来んな」
「いやだ」

まるでガキの言葉みたいにありふれたセリフで拒否したからか、あっさりと無表情で返してきた。余りに虚ろで情けないこの姿を晒したくはなかったが、振り払う気力すらない。昌也はストンと俺の隣に座った。

「別れたのか」

はあ、と。思わずため息が溢れた。
…こいつは何も知らない。
俺とあいつが恋人同士なんてそんな美しい関係ではないこと。ゆえに「別れる」などという表現は適切ではない。
大丈夫か?なんて訊いておきながら、容赦なく俺の傷口を抉る。じくじくと痛んできた。

「…べつに。付き合ってたワケじゃねーし」
「でも」

俺の言葉を遮るように言ったくせに、たっぷりと間を取ってくる。
思わずその横顔を見た。


「好きだったんだろ」

暫く長い間、胸の奥底に封をして仕舞い込んでいた想いをこじ開けられたような気がする。
ゆっくり、静かに、ふわりふわりと浮上してきて口から出ていった。


「…好きに決まってんだろ」

はあっ。
大きな大きなため息が出る。
溜めに溜めた想いの詰まった吐息が潤滑油となり、こんこんと湧くように言葉がすべり落ちていく。

「俺以外に、どんだけの人を抱こうが、関係なかった。あの目が、俺を見ていなくても気にならなかった」

「あいつに抱かれるだけで、満足だった、のに」

「欲張りに、なってた…あいつの特別に、なりたいと、思ってしまった…」

頬を伝うしずくが落ちて、コンクリートの床にじんわりとシミを作った。


「…俺に、そんな権利なんか、なかったのに」


しゃくり上げる程に涙が溢れてきて。たたんだ両の膝に顔を埋めて、情けないくらいに泣いた。
自惚れてた。求められることがただ嬉しくて。朔哉の一番になれたと思っていた。
俺の想いは、これっぽっちも届いていなかった。

昌也は。
昌也はどう思っているだろうか。泣き崩れる俺をみっともないと思うだろうか。情けないと思うだろうか。
なんだかひどく恐ろしくなって、ゆっくり顔を上げた。
昌也は、凛とした表情で正面をただ見つめている。


「俺は、お前が好きだよ」

口の動きを目で追った。
好きだ、と、そんな風に動いた気がしたが、何故このタイミングでそんなことが言えるのか。
ようやく声を絞り出す。

「…お前ふざけんなよ、人がこんな…」
「ふざけてねーよ。お前、俺がどれだけお前のこと好きか、知らないだろ」

しかしそれも昌也の一際鋭い声によって一蹴されてしまった。真剣なふたつの瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。
そのうち、視線は宙へと戻された。

「…他人の気持ちなんか、そう分からない」

「だから『告白』すんだ。伝えんだ。誰にでもそれくらいの権利はある」

「お前も、言ったっていいんじゃねーか」

「ここまで落ちたんだ。一度失ってんだ。もう怖いものなんかねーだろ」



「頑張れ」



いつだって、冷やかされて煙たがられて。あいつには、身体だけだとあしらわれて。割りきっているフリをして、本当は心から本物を望んでいたのに。これ以上関係を悪い方に向けたくなくて、一人きりで、強がっていたから。
応援されたのなんて、初めてだった。
見込みなんてない。それでも、後押ししてくれる。
その気持ちが、素直に嬉しかった。
今なら、一歩踏み出してもいいのかな。ちょっと遅いかもしれないけど、その時は。

「……ダメ、だったら」
「おう」

「………抱き締めてくれ」

涙を拭いて。
精一杯の冗談を。



「…任せろ」





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