「あーいーしーてーるー!」

わいわいがやがや。大人数のカラオケボックスほど騒がしいものはない。
合コンと称し男女8人でカラオケにやって来たわけだが、俺のテンションはいっこうに上がらないまま2時間が経過していた。
しかし俺以外の男共はというと、日頃の鬱憤を弾けさせるかのようにはしゃいでいる。特に自称ナンパ師。女子と絡み合いながら歌う姿は、『自称』という不名誉な注意書を剥がすのには十分すぎるくらいだ。昌也は昌也で、歌本を女子と仲良く眺めている。
俺はそれらを冷静に眺めながら、レモンスカッシュを一口すすった。
悶々とした頭が少しでも晴れるかと思って来てはみたものの、場が盛り上がれば盛り上がるほどに脳ミソが冷えていく気がする。友人たちには申し訳ないが、声には出さずに帰りたいと呟いた。

「おいしい?レモン」

室内は大音量の音楽と歌声でいっぱいのはずなのに、その声は俺の耳にひどくはっきりと届いた。
あたしもレモンにすればよかった、などと呟きながら彼女は緑色の液体をストローですすっている。ああ、この子の名前は何だっけ。

「あんまり楽しくない?」
「…うん、まあ」
「人数合わせ?」
「…そんなとこ。」
「…でも、エッチすきそうなカオしてるよね、イケメンだし」
「…べつに、フツーだよ」

いきなりなんだコイツ、とは思いつつも無難に当たり障りのない受け答えをしておく。またレモンスカッシュを啜ると、さっきより酸っぱくなっている気がした。
じいっと、横からの視線を感じる。

「……ちょっとトイレ」

堪えきれず立ち上がった。重いドアを押し開け廊下に出ると、久方ぶりの静かな空間だった。至る部屋から漏れる微かな音楽を聴きながら、トイレへと向かった。
廊下の一番端にある、大きなドアノブに手をかける。
と、その時。
弱い力で後ろ手を掴まれた。

「あたしもすきなの」

上目遣いに、さらりと揺れる長い黒髪。目元にはぱっちりメイク、耳元にはキラリと光るピアス。お嬢様学校の生徒らしからぬ格好だが、どこか品があって、美しい。
久しぶりに女を間近で見た。

「…何が、」
「エッチ」

何よりも早く、唇と唇が合わさった。すぐに首に細い腕が回ってきて、女の方から舌まで入れてきた。
特に振り払うこともせず、濃厚に舌を絡ませ合う。カラオケボックスということも忘れて、没頭した。
唇が離れると、至近距離で目が合う。

「いっけめーん」

ふふ、と悪戯っぽく彼女は笑った。
再び、ちゅっちゅっと触れるだけのキス。されるがままだった。

「あたしと付き合おーよ」

胸や頬や、身体を擦りつけてくる。女の武器を最大限に使い、俺をモノにしようとしている。

「顔も好みだし、キスもじょーず。気に入っちゃった」

こんな言い方をするとまるで女みたいだが、結局こいつは俺の身体が欲しいだけ。付き合おう、なんて言っておきながら、顔と身体の相性しか見ていない。
そこに愛などない。
ただ身体を繋ぎ、快感を得るためだけの相手。
気持ち悪い。そんな関係。

「なんなら、エッチだけでもいーし」

…気持ち悪い?

きっかけは外見。
都合のよい時に繋がり満足するだけの関係。

これじゃあ、まるで。

「………俺、じゃねーか」

「え?」
「…ワリ、帰る」
「え、ちょ、ちょっと!」

俺は堪らなくなって、背中に刺さる高い声も無視、すれ違う人にぶつかるのも構わず、とにかくここから出るべく足を動かした。

気持ち悪い気持ち悪い。
あの子が気持ち悪い?あの子と俺は同じ?気持ち悪いのは俺???
気持ち悪い気持ち悪くなんかない俺は。気持ち悪くなんかない気持ち悪くなんかない。

それでも。
それでも浮かぶのは。

他でもない、あいつの顔で。

緩やかに足が止まる。気付けば瞳は濡れていた。辛うじてポケットに入っていたケータイを取り出し、探す。
かけたことなんかなくても、しっかり頭にある。だってあいつのケー番だから。

『プルルル.....』

ぽつり、ぽつり。
涙ではない冷たい水で、頬が濡れる。

『…もしもし』

それよりも冷たく低い、声。すがるように、出ない声を振り絞った。
まるで情けない。
それでも。求めてしまう。

「…朔哉ぁ…会い、たい…」

受話器の向こうは酷く静かだった。サアア、降り出した雨の音だけが俺の鼓膜を弄ぶ。
好きと言ってくれなくてもいい。愛してくれなくてもいい。贅沢なんて言わない。
ただ抱き締めて。
俺を抱いてほしい。

『…ああ、充か。』

部屋の隅に惨めに潰れた、小さな虫を見たかのような。心臓が早鐘のようにざわめく。
俺の願いは、想いは。

『そんなこと言うなら、もう会わないから』



ブツッ。

ツー。ツー。ツー。


ザアアアアア。



騒音にまみれて。
声をころして。

泣いた。



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