やっぱり俺は馬鹿だ。あのままストレートにアタックかけてれば良かったのに。
『頑張れ』
なんて余計な一言だ。俺にしとけよとか優しい言葉で宥めればよかったんだ。
…だけど。
何だか励まさずにはいられなくて。
出会いは小学校。その頃の充は常にトップの成績だった。たまに俺がテストで逆転したりすることもあったけど、そんなときあいつはすごい顔で見てきたりした。俺は特に気にしなかったけど。いつも勉強してたから、友達もあんまり居なかったみたいで、いつも独りのイメージが強かった。
もともと色素が薄いんだか何なんだか、あの頃からあいつは茶髪だった。それに加え綺麗な顔立ちをしてるものだから、よく思わない上級生がいたりして、文句を言われたりしていたみたいだったけど、あいつはいつも凛としていて、強かった。
気付けば目で追っている、そう気付くのに時間はかからなかった。
中学に上がったある時、あいつが上級生にたらたら言われている現場に出くわした。あまりにしつこいので思わず『先輩うざいっす。』って言って追っ払ったら、なついた。
『…さんきゅ』
そっぽを向いて、恥ずかしそうに、中2の中村 充は言った。
中3に上がる直前あたりから、受験シーズンを目前にして充の成績は緩やかに下降線を描いた。原因は分からないけれど。だんだん充は荒れていった。それでも、受験直前に持ち直して、やっとこさ高校にも受かって。
あいつが現れた。
入学後、勉強に着いていけないと言っても、それは充の意識が高いからであって、端から見たら十分だった。高いプライドのせいでぐらつく充を崩壊させたのは、他でもない神野 朔哉だ。充はどうしようもないくらいに朔哉に依存していた。どんどん堕ちていった。
それでも、充が幸せなら。あいつが幸せならそれでいいと圧し殺してきたのに。
ぼろぼろに泣きじゃくる姿を見たら、我慢できなかった。
(…お前はもう、幸せになってもいいんだぞ)
夏の体育祭の今日、あいつはというと、健全にスポーツに取り組む至って普通の高校生たちの輪にすっかり馴染んでいた。
のに。
気付けば充の姿はなくなっていた。
嫌な予感しかしなかった。
けしかけたのは俺だが、あいつの恋が実る可能性なんて無いに等しいのだ。
…けれど。
……それでも。
それでも、あいつはけじめをつけなければならない。
支えましたを失い倒れそうになるあいつを支えてやるのは、俺の役目だ。
しらみ潰しに校舎を走り回ってようやく、それらしい金髪を見つけた。
充の姿は見当たらない。
「おい」
呼び掛ける声も思わず低くなる。
ゆっくりと奴は振り向いた。
「…充は、」
「……屋上の階段」
無表情のまま言うと、奴はすぐに踵を返した。
こんなに他人に怒りを覚えたのは初めてだ。
「ふざけんなよお前」
腹の底から沸き上がるような、自分でも不思議なほどの低い声が出た。
奴の足が止まる。
「あいつがどんな想いでいたか、分かってんのかよ」
「…分かるよ」
「分かってねーだろ!分かってねーからそんな風に平気でいられんだろ!違うか!?」
「………分かる、よ」
やっと絞り出したような弱々しい声。憂いを帯びた表情で目を伏せる姿に、正直、動揺した。胸ぐらを掴む手の力が抜ける。
いつも凛としていて、自信に満ちたように風を切って歩く。そんな姿しか見たことがなかったから。
思わず凝視しているうち、ぱっと手を振り払われた。奴は何事もなかったかのようにこの場を立ち去ろうとする。
「…充、頼む」
やっとのことで奴の声が俺の元に届いた。
初夏の日差しが奴の金髪に反射して、きらきらと輝いている。
奴の背中を見たら、何故だか何も言えなくて。ただ、後ろ姿を見送った。
すぐに階段を駆け上がる。
屋上へ繋がる、湿っぽい階段の真ん中でぽつりと佇む小さな姿を見たとき、喉の奥がひゅうと鳴った。
「………充、」
すべりおちた声を自分のものだと理解するのに一瞬、戸惑った。
充は、糸を引かれるかのように、覚束無い足取りで、ふらふらと階段を下りる。
その大きくてつぶらな目を、潤ませて、赤く腫らして。
こっちまで泣きそうになる。
半ば崩れ落ちるように抱き着いてきた充の身体を支えると、きつくきつく抱き締められた。
小刻みに震える小さな身体を、さらにきつく、抱き締めた。
「…充、」
「朔哉、さくやぁ…」
あんなに強かった充が、大粒の涙をぼろぼろと溢し俺の胸で泣きじゃくっている。
それなのに、かける言葉も見つからない。涙を拭いてやることもできない。
俺は、充を抱き締めることしかできない。
「………充…」
いつか胸を張って、
「あいつなんか忘れろ」
「俺が幸せにしてやる」
そんな風に、言える日がくるように。
「…待ってろよ」
充を腕に抱き、誓う。
頬を涙が伝った、17の春の日のこと。
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