「あー涼しい」


思わず独り言が零れてしまった。それもそのはず。昨日の天気予報で最高気温は35度近くになるだろうと言われていて、現に今温度計は34度を記録している。今は午前11時過ぎだ、午後になるともっともっと暑くなるだろう。40度越えも夢ではないかもしれない。そんな日に部活がなくて本当によかった。ま、でも部活がないせいで夏休みの課題をやらなければいけなくなったのだけど。

図書館の中はまるで天国だ。夏だけここに住みたくなるのは毎年のことで。課題がはかどりそうな人気の少ない静かな席を探していると、ふと見知った背中を見つけた。



「勉強熱心だな」

「うわっ!!い、犬飼先輩…?」

「悪い、驚かせたか?」

「わざとですよね?もう…びっくりしましたよ」

「隣、いいか?」

「もちろん」


名前の隣に座り、手に持っていた課題を机の上に置いた。そしてやる気も手放した。
好きな奴が隣にいるんだ、勉強している暇なんてこれっぽっちもない。かれこれ半年は続けている片思い、いつになったら実るかなんて誰にもわからない。というか実るのかさえわからない。…一途だな、俺。

名前は右手に持っていたシャーペンをノートの上に置いた。目線が合い、心臓が一瞬高鳴った。まるで恋する乙女のようだ。



「部活に課題に大変ですね」

「まあなー。課題はともかく、弓道は好きでやってるから大変ではねえかな」

「あ、それお兄ちゃんも同じこと言ってましたよ。課題は義務で弓道は趣味だって」

「…そうか」


名前がいうお兄ちゃんとは鬼の副部長である宮地のことだ。あいつのシスコンぶりは半端なく、学園で数少ない女子生徒として注目されている妹のボディーガードのような感じになっている。学校の行き帰りの送り迎えは当たり前、1番驚いたのは悪い芽は摘んでおくと言わんばかりに名前に告白しようとする輩に圧力を掛けているということだ。俺は宮地の友達としてある程度は仲良くしているが、宮地の目が厳しくてなかなかその先に進めずにいる。



「インターハイ頑張ってくださいね。応援行きますから」

「マジか」

「犬飼先輩を誰よりも大きな声で応援しますね!」

「お、おう!」


宮地にガードされて育ったせいか、名前はどうも恋愛に関しては鈍感なようだ。俺は結構頑張ってアピールしているのに、名前は全く気付いていない。まあ、3回に1回は宮地の邪魔が入るっていうのも原因のうちのひとつなんだけどな。




「な、なあ…」

「犬飼先輩、携帯光ってますよ?」

「え、あ、本当だ」


覚悟を決めてそれとなく好きな奴がいるのか確認しようとしたのに…!マナーモードにしておいた携帯を開いてみたら、新着メール1件。…宮地、お前エスパーか?魔法が使えるのか?それともよほど俺の邪魔をしたいのか?
メールの内容は『ミーティングをするから弓道場に集まってほしい』というものだった。…行きたくない。あんな暑い場所に行くくらいなら俺は本になってここに住みたい。だが鬼の副部長からのメールだぞ?無視したらどうなるか…。



「犬飼先輩?」

「弓道部の召集だ。あーあ、また外に出なきゃいけねえのか…」


机に身体を預けてうなだれる俺。宮地め、呪ってやる。
そんな俺の頭を優しく撫でる手。目線を上に持っていくと、名前が柔らかく笑っていた。ひまわりのようなその笑みに、一瞬だけ顔が赤くなる。…あれは反則だろ。



「元気出してください。ね?」

「無理だー…」

「無理って…。どうしたら元気出してくれますか?」

「うーん、そうだな」


お前がキスしてくれたら頑張れるかもな。思わず本音が漏れてしまいすぐに後悔。冗談でも言わないほうがいいことを言ってしまった。



「キス、ですか?」

「いや、あれは嘘というかいや嘘ではないけど…じゃなくて!忘れてくれ!」


動揺しすぎて立ち上がって必死で否定する俺と、何かを考えている名前。端から見たら変な2人だろう。人気が少なくてよかった。

俯いて考え込んでいた名前が顔を上げ、思いっきり目が合った。それから先は本当に一瞬の出来事だったと思う。

手を強く引かれて、名前の予想外の行動に驚いて反応出来なくてそのままよろけて、名前の顔がすぐ側まできて、キス、された。…頬に。




「元気、出ました?」

「…はい」

キスされた右頬を押さえて呆然と立ち尽くす。室内、しかも涼しい場所にいるはずなのに、すぐ近くから太陽に照り付けられているかのように暑い。熱中症に掛かってしまった時のような感じだ。

やはり俺は、こいつに翻弄される運命にあるらしい。
何事もなかったかのように微笑む名前と目が合って、俺はまた頬が赤くなるのを感じた。








■あとがき
再び参加させて頂きましてありがとうございます。なんだかヘタレちっくな犬飼になってしまいました(笑)犬飼には夏が1番似合うと思います!

素敵な企画を作ってくださった梨乃さまとここまで読んでくださった皆様に感謝感謝です。ありがとうございました!



安藤/うそつき


戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -