「あーあ、降ってきたか」


どんより重い空を見上げる。重力に従って落ちる雨粒が今は憎らしい。せっかく部活がないから早く帰ろうと思ったのに、よりによって傘を忘れるなんて。朝寮を出るときは晴れていたのだ。それなのに帰る頃に雨が降りだすなんて…まあ、梅雨の時期に傘を持って歩かない自分も悪いとは思うが。どうせ降るなら授業中に降ってほしかった。

しばらく空とにらめっこしていたが止む気配はない。むしろ雨脚は強まっている。このまま待っていても仕方ないし、走って帰ろう。帰ってシャワーを浴びれば風邪はひかないだろう。少しでも濡れないように鞄で頭を隠し、俺は走り出そうと、したのだが。



「犬飼先輩、風邪ひいちゃいますよ?」


背後から可愛らしい声が聞こえてきたため動かそうとした足を止める。振り向くと、そこにはピンクの傘を手にした名前が立っていた。…前言撤回だ。恵みの雨よありがとう。俺は君たちに心から感謝する。たまにはいいことあるじゃねーか。



「お、おう。今帰りか?今日は宮地は一緒じゃないんだな」

「今日は部活がないから寮まで送るってうるさくて。面倒だったので教室に置いてきちゃいました」


そう言って名前は笑う。ちくしょー、可愛い。ピンクの傘ってのがまたいい。スカートから覗く細くて白い足もたまらん。…本当に宮地の妹かと時々疑いたくなる。しかも小熊は同じクラスで隣の席らしい。小熊、お前頼むから変わってくれ。うらやましすぎるぞ。



「先輩、傘ないんですか?」

「そうなんだよー。だから今から走って帰ろうと…」

「よかったら私の傘に入っていきませんか?」

「いいのか?」

「はい。狭くてもよければ」


ああ、俺なんてラッキーなんだ。今日世界で1番ついてる自信がある。狭くてオッケー、むしろ狭いほうが嬉しいなんて口が裂けても言えません。じゃあお言葉に甘えて、と言うと、名前は俺の隣にきてピンクの傘を広げた。



「じゃあ行きましょうか」


ああ、なんか隣にきた瞬間すっげーいい匂いがした。リンスーの匂いだろうか、ほのかに甘い香りが鼻孔をくすぐる。…寮まで心臓保つかな。それだけが心配です。










「紫陽花、綺麗ですね」


思った以上に傘は小さくて、肩が触れるくらい近付かないと互いの肩が濡れてしまう。触れそうになるがその寸前でまた離れてしまう。そんなことを繰り返して早5分。たわいない話をしながら歩く俺達の目に飛び込んできたのは、淡い紫色をした紫陽花だった。土が酸性かアルカリ性かによって色を変えるそれを見て、まるで名前のようだと思った。笑ったり怒ったりふざけたり忙しい奴。だけど、なんというか…いつの間にか目で追ってしまっていた。ころころ変わるその表情を、見逃したくないと思った。



「好きなのか?」

「はい。見ていて飽きないですし」

「…俺も好きだ」


気付いたら俺は名前の目を見てそう言っていた。一瞬の沈黙の後、激しく後悔。何言っちゃってんだ俺、どうしたんだ俺、しっかりしろ俺。いくらひとつの傘に入っているからって、距離が近いからって…!いやいや落ち着け隆文。今の好きは紫陽花が好きっていう意味で名前が好きだという意味では…!いや好きなんだけど。俺は告白する時はもっと綿密に計画を立てる派だ!




「犬飼先輩…?」

「いや、今のは紫陽花が好きって意味であってだな、」

「先輩、落ち着いてください」


名前はくすくすと手を口元に添えて笑う。いたずらっぽく笑うその声に、俺は無性に恥ずかしくなった。年上のクセにカッコ悪い。どうやら俺は舞い上がってしまっていたらしい。好きな奴がすぐそばにいて、可愛くていい匂いがして。むしろ舞い上がるななんて無理な話かもしれない。



「私も好きですよ」


今度は名前が俺の目を見てそう言った。え、何これ。何この展開。…期待しても、いいのだろうか。



「さーて、早く帰りましょう。そうだ、先輩私の部屋で紅茶でも飲んでいきませんか?青空先輩から美味しい茶葉とクッキーを頂いたんです」

「え?あ、えーっと、」


女子の部屋に入ってもいいかとか、宮地に見つかったらきっと大変なことになるとか、いろいろ思ったんだけど。



「紅茶、お嫌いですか?」

「いーや、そんじゃお言葉に甘えて。」


最後は妙に余裕ぶって、そんで名前の手なんか握ってみたりして。一瞬驚いたような表情を見せた後、名前は嬉しそうに笑って握り返してくれた。

少しひんやりとした名前の手と、紫陽花と、ピンクの傘と雨。鬱陶しいだけの雨の日が、ほんの少しだけ好きになれそうな気がした。





――――
■あとがき
時期的にちょうどいいかなあと梅雨の話にしてみたのですが、なんだかよくわからない話になってしまいました…宮地くんの妹に翻弄される犬飼が書きたかったのですが、なかなか上手くいきませんでした…(笑)

最後になりますが、このような素敵な企画を作ってくださった梨乃さまとここまで読んでくださった皆様に感謝感謝です。
ではでは、いつか犬飼の旦那CDが発売されることを願って(笑)ありがとうございました!



安藤/うそつき


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