今日は1番乗りかな?
私は大きな声で「よろしくお願いします!」っていうと3人の男女の声がした。
龍之介部長はいい。あとは月子先輩。で、もう1人は?って思ってると意外な顔があった。


「ええっ、犬飼先輩!?」

道場内に私の声が大きく響き渡る。
犬飼先輩は弓道部の副部長ではあるけれど副部長って感じはしない。いつも弥彦先輩と一緒に遅れてくるんだもん。


「なんだよ名字。俺が先に来てそんなに珍しいか」
「あ、はい。とっても。今日は雨が降るんじゃないかと思いました」


あれ?
なんか私マズい事でも言ったかな?

だって目の前には犬飼先輩がいたのだから。



「犬飼……」

「バカ正直な悪い口はこれかぁ〜!」

「痛い!痛いれふ〜、いぬひゃいひぇんぱ〜い!」


止めろと言われてすぐ止める先輩でないとは思ってた。逆効果でより酷くなる。
でも、私はありのままの事実を述べただけ。


「名字」


犬飼先輩が私の名前を呼ぶ。


「キス、してやろうか?」


眼鏡を少しズラして耳元で囁かれる。


は、はいぃぃぃ!?


この人はいきなり何を言い出すんだ。
私は顔真っ赤にさせて黙っていた。


「犬飼君!そこまでにしなよ。名前ちゃんが困ってるよ」
「夜久の言う通りだ。名字は今、伸び盛りだ。調子がいい時に邪魔したりして大会本番に力が出せなかったらどうする。それに神聖な道場で不埒な行為は禁止だ!」


月子先輩と龍之介部長が私を助けてくれた。犬飼先輩はスッと私から離れる。で、ニカッと笑って言った。


「良かったな名字。夜久と宮地のおかげで助かって」



本当に良かった。

キス、されるのかと思った。



ゴム引きが終わって的の前で引こうとすると月子先輩がやってきた。



「名前ちゃん大丈夫だった?」


きっとさっきの事だろう。
私はぺこりと頭を下げた。


「月子先輩助けてくれて有難う御座います。私どうしていいか分からなくて」
「後輩を助けるなんて当然だよ。犬飼君、きっと名前ちゃんが可愛いから狙ってるんだと思う。だからね、危ない目にあったら私がすぐ名前ちゃんを助けるからね!」


月子先輩の笑顔にはとっても癒されるけどちょっとそれは違うんじゃないかなと思った。
犬飼先輩が私を狙ってはいない。



「2人とも何してんの?」


声をかけてきてくれたのは弥彦先輩。
はいと手渡されたのはポカリスエットだった。


「今ちょっと名前ちゃんとお話をしていたの」


弥彦先輩が私の隣に座る。
改めてみると弥彦先輩って本当に大きいなぁ。
それに比べると犬飼先輩ってちょっと小さ……。


「おい、名字何か言ったか?」



!?
犬飼先輩が私を軽くデコピンをする。


口にしてないのになんで?
犬飼先輩ってエスパー!?



「もう犬飼君どうしてそんなに名前ちゃんを苛めるの?」
「苛めるなんて人聞き悪い事言うなよ夜久。俺は可愛い後輩を可愛がってやってるだけだぜ?」


私には可愛がられているようには見えない。犬飼先輩にはロクでもない事ばかりされていると思う。


「お前ら何やってるんだ。小休憩終わったら練習再開しろ」


龍之介部長が手をぱんぱんと叩く。
一通りメニューも終わったから龍之介部長に報告しようと思ったら弥彦先輩に肩をぽんっと叩かれた。


「終わったんだろ?宮地は今、集中してて離せないだろうから俺が射形見てやるよ」
「いいんですか?でも、弥彦先輩のご迷惑になりませんか?」
「大丈夫!俺も後輩に頼られたいんだよ。小熊はいつも宮地に聞いてるから俺にアドバイスなんて求めてこなくて」


それなら……と、弥彦先輩に見てもらおうと思った時だった。


「とか言って下心丸見えだぜ白鳥。どうせ名字に近づきたいだけじゃねぇの?」

私は犬飼先輩に反論した。
弥彦先輩はそういうやましい心を持って教えようとしたんじゃないかと分かってるから。


「弥彦先輩は私を思って教えてくれるって言ってくれたんですよ!犬飼先輩とは大違い!犬飼先輩は教えてやるとか言ってくれた覚えないですよ」


弥彦先輩に教えてもらえるのは嬉しかった。

だけど、私本当は

犬飼先輩に教えて欲しいって思ったんだ。


そんなのは私の勝手。私が願っても別に犬飼先輩は私に教えたいと思わなければ声をかけない。チラッとこっちを見たかと思ったら月子先輩の手を掴んだのだ。


「夜久、お前の射形見てやるよ」
「気持ちは嬉しいけど大丈夫だよ。さっき宮地君に見て貰う約束したから」
「遠慮するなー!俺が見てやるよ」
「ちょっと犬飼君!?痛いんだけど!」


犬飼先輩は月子先輩を連れて行ってしまった。
うん、分かりきっていた。


あれは明らかに犬飼先輩は月子先輩が好きだ。


顔を見れば嫌でも分かる。
私が犬飼先輩を好きになったきっかけは入部見学。龍之介部長に段差に気をつけるように言われたのに転びそうになった。その時に助けてくれたのは犬飼先輩だった。
なら、これが白鳥先輩だったら私は犬飼先輩に恋をしなかったのか?
それはない、そうじゃない。


私は犬飼先輩だから恋をした。


不器用ですぐに誤魔化してひょいひょいとやり遂げてしまう先輩。
誰よりも真面目で努力家。
接していくうちに私は彼に惹かれていった。


でも、彼がずっと見ているのは私ではなかった。



「・・・い、おーい、名前ちゃーん!」

はっ!となると隣で弥彦先輩が私の名前を何度も呼んでいた。私は何度もすみませんすみませんと謝る。

「大丈夫?」
「へっ?何がですか?」

弥彦先輩は視線を逸らして髪を弄り始める。
その目線の先にいたのは犬飼先輩と月子先輩だ。


「まあいいや。じゃあ練習始めよっか?」
「そっ、そうですね!宜しくお願いしますっ!」


今のは何だったろうと思いつつ、弥彦先輩に指導をして貰う。
弥彦先輩が私の体にくっつく。なんかちょっとドキドキする。


「弥彦先輩、こう・・・ですか?」
「そうそう。名前ちゃんって上達早・・・・・・っ!痛てぇ〜っ!」


月子先輩と一緒にいた筈の犬飼先輩が何故かこっちに来た。弥彦先輩に蹴りを一発入れて退くように言う。弥彦先輩、凄い気の毒・・・・・・とか思ってたら犬飼先輩が近づいてきた。私は一歩後ろに下がって警戒をする。


「な、何しに来たんですか?月子先輩?」
「夜久は俺がいなくても出来るって判断した」
「だとしても、分かってますよね?今、私は弥彦先輩に指導受けてる真っ最中だったんですけど」


犬飼先輩は弥彦先輩を見る。


「白鳥ぃー、本当はお前コイツを見る余裕なんてないんじゃないか?練習試合近いのにお前的外してばっかだろ」
「うぐっ。痛いトコつくなぁ犬飼。でっ、でも、可愛い後輩ちゃんの為に指導したいって思うじゃんかぁ」
「お前、夜久から名字に乗り換える気か?夜久の周りには手強いライバルばかりいるから難しいけどコイツなら彼女に出来る確率高いモンなぁ?」
「違げぇよ!俺が好きなのは夜久だあああああああああああああ!!!!夜久一筋なんだあああああああああああ!!!!」


弥彦先輩が大きな声で叫ぶから道場に響く。当然月子先輩にも聞こえてしまう訳で。月子先輩は聞こえないフリをしているようだった。

「こら白鳥!何サボってるんだ!お前は校庭3周してこい!」


龍之介部長に怒られた弥彦先輩は渋々道場から出て行った。龍之介部長は「犬飼もサボるなよ」と忠告して再び戻る。
で、この人は私に教えようとしているのか。


「邪魔者もいなくなったしやるか。取り敢えず、名字一本放ってみろ」

「はっ、はい!」


弥彦先輩には悪いけど感謝しなきゃかな?
キリキリキリと、矢を思いっきり引く。けど、近くに犬飼先輩がいると分かっているだけでドキドキしてしまう。この胸の鼓動が聞こえたらどうしようとか思ったり。

「あ」

見事的に外れた。

「お前なぁ・・・・・・ちゃんと集中してんのかよ。・・・・・・・・・なぁ」
「っ!な、何ですか!」

近い!近いよ犬飼先輩!
誰のせいで失敗したと思ってるんですか?とか言える訳ない。


「顔赤いンか?練習やめるか?」
「やっ、やめません!次は当ててみせますから!」


もう1度トライする。2回目はど真ん中は外れたものの当てる事が出来た。弓と矢を置いて犬飼先輩に報告する。


「今の見ました!?当たりましたよ!ほら私も本気出せば当たるんですよ!」

「かなりギリギリだけどな。まあ名字にしては上出来だな。白鳥にお前のそんな喜んでる顔を独占されなくて良かった」


今なんか凄い発言をされた気がする。
困った。私はなんと反応すればいいのだろう。
まったまたぁ〜とか言って誤魔化せばいい?


「えっと、そろそろ弥彦先輩戻ってきますかねぇ?」

「・・・・・・なんでそこで白鳥の名前が出てくるんだ?それに前から思ってたんだけど、夜久はいいとして宮地と白鳥はなんで下の名前+先輩呼びなんだよ。そしたら、俺だって『隆文』先輩って呼ぶべきだろうが」

「そっ、それは・・・・・・」


好きだからこそ『隆文』っていうのは特別であって、他の先輩のようになかなか呼べない。
だから、私は犬飼先輩呼びをしていた。
恥ずかしいからそんなの言えない。


「あのさ、俺は名前に名前で呼ばれたいんだけど?」
「犬飼先輩、私の名前・・・・・・」
「?お前の名前名前だろ?違ったか?」
「間違ってはないんですけど・・・・・・どうして急に名字から名前呼びなのかなって驚いてしまって」
「なんだそんな事か。お前が好きだからに決まってるだろ」

私の思考が完全に停止する。
耳がおかしくなければ犬飼先輩は『好き』という単語を口にした。


「犬飼先輩が好きなのって月子先輩じゃないんですか?」
「はあぁ?何でそこで夜久なんだよ」
「入部した時から思ってたんですけど、犬飼先輩ずっと月子先輩見てたから・・・・・・その、てっきり犬飼先輩は月子先輩が好きだと思ってて」


私がそう言うと犬飼先輩は真面目にしてた顔を崩す。やれやれと言うみたいに。
もしかして違ったのかな?

「なるほどな。それは女観察。正直に言うけど俺今まで女と付き合った事なんて一度もねぇーもん。好きになった女なんてお前が初めてだし」
「嘘!絶対嘘ですよねそれ!犬飼先輩って普通にモテる方ですよね!?」
「あー、お前はまだIH行った事ないから分かんないかもしれねぇけど宮地がいる限りそれはないな。他校の女子はみんな宮地と木ノ瀬に夢中だし」


確かに龍之介部長と梓先輩は容姿が整っている。
あの2人がモテないとは考えられない。

「わ、私はたか・・・・・・」
「隆文」

犬飼先輩がはっきりと自分の名前を口にする。
必死に犬飼先輩の名前を言おうとするけど・・・・・・やっぱり言えない。


「たか・・・・か・・・、い、犬飼先輩が一番格好いいと思います!龍之介部長や梓先輩よりもカッコイイ事、私は知ってますから!」

「ほぉ。そりゃあんがと。で?名前はさ、俺をどう思ってんの?」

「・・・・・・きです」

「えーっ?聞こえないんですけど?」

「犬飼先輩が好きです!」

よく出来ました、いうように犬飼先輩は私の頭を撫でる。
とうとう好きだと言ってしまった。死ぬほど恥ずかしいという想いをしているけど後悔はない。


「名前」

「はっ、はい・・・・・・っ」


犬飼先輩からキスされる。
甘くて熱いとびっきりのキス。


「俺も名前を愛してる」




片想い卒業記念


「隆文先輩、龍之介部長が睨んでいるんですけど」
「睨ませとけ。俺がお前にずっとキスしていたい」




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