さらさらと肌を撫でていくやわらかな暖かい風にのって、花の香りがした。
(あれ、なんやっけ、この花)
ふわり、桜の花びらが俺の足元へと舞い落ちていく。ああ、桜の木が近かったのか、そう思うと同時に後ろからよく知った愛しい声が聞こえてきた。振り返ると元気な笑顔の謙也さんが俺の名前を、呼んでいた。その笑顔はまるで今日の太陽のように暖かい。走って近寄ってくる姿にさえ愛しさを覚えて、俺も自然と笑顔になってしまった。
「な、これからどうする?」
「俺はどこでもええですよ」
「そうなん?じゃあそしたらなー」
ふわりと、また桜の木の香りが風にのってやってくる。彼の金髪がその風で、キラキラと学ランの上で揺れた。今日でこの姿を見るのも、最後になってしまう。それは本当に悲しくて、ふいに目頭があつくなった。笑顔で話を続ける謙也さんの顔がまぶしすぎて、アスファルトに落ちた桜の花びらを見つめた。本当は、もう何も言わないつもりでいた。それを言ったら最後のお別れになる気がして、明日からこの校舎で謙也さんを見れないことが寂しくて、さよならなんかしたくなかったから。だから謙也さんを祝わないつもりでいた。でも、この桜の花びらを見て、今なら言えそうな気がした。
「謙也さん、卒業おめでとうございます」
言って謙也さんの目を見つめると、きょとんと、びっくりしたように目を見開いていた。そして俺の目に涙が浮かんでいるのに気づいてか、困ったように「ありがとう」と笑った。
「なんや財前、鼻赤いで」
「…花粉っすわ」
涙でかすんで見えないの
(これでさよならなわけやないんやから、そんな悲しい顔せんといて)(って言って、謙也さんも泣いた)
(0302)